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ヒト細胞における、エンハンサー的機能をもつ長鎖ノンコーディングRNAの発見
論文紹介著者
平野 孝昌(博士課程 1年)
GCOE RA
分子生物学教室
第一著者名・掲載雑誌・号・掲載年月
Ulf Andersson Ørom/Cell, 2010 vol. 143 (1) pp. 46-58, 2010.09.01
文献の英文表記:著者名・論文の表題・雑誌名・巻・号・ページ・発行年(西暦)
Ulf Andersson Ørom, Thomas Derrien, Malte Beringer, Kiranmai Gumireddy, Alessandro Gardini, Giovanni Bussotti, Fan Lai, Matthias Zytnicki, Cedric Notredame, Qihong Huang, Roderic Guigo and Ramin Shiekhattar. Long noncoding RNAs with enhancer-like function in human cells. Cell 143:46-58, 2010
論文解説
一般的に、DNAにコードされている遺伝子情報はRNAへと書き換えられ(転写)、そのRNAから、機能分子であるタンパク質へと変換(翻訳)されます。この遺伝子の数は、生物の「複雑さ」に比例して増加するものと考えられていました。しかし、2003年にヒトゲノムの塩基配列解読が完了し、その結果、ヒトの遺伝子数は線虫等とあまり差が無いという事実が判明しました。また、ヒトゲノムの約98%はタンパク質をコードしていないことも明らかとなりました。近年、細胞内に存在するRNAの大規模な解析が行われたところ、ゲノム上のほぼ全ての領域から転写が行われていることが明らかとなりました。そこで、タンパク質をコードしないRNA【ノンコーディングRNA(non-coding RNA: ncRNA) (※1)】にも機能があり、これらが生物の「複雑さ」を規定しているのではないかと予想されるようになりました。実際、染色体やヒストンに働きかけ、遺伝子発現を制御する比較的長いRNA【Xist(※2)など】や、タンパク質をコードするRNAの分解を促進するマイクロRNA(※3)など、機能をもつノンコーディングRNAがいくつか明らかにされてきました。今回紹介する論文は、新たな機能をもつノンコーディングRNAが存在するのではないかと筆者らは考え、探索したところ、遺伝子発現を促進する(エンハンサー的)機能をもつ長鎖ノンコーディングRNAを発見した、というものです。
まず筆者らは、ヒトで発現しているRNAのデータベースのなかから、100ー9,100塩基長の新規ノンコーディングRNAを1,167種同定しました。次に、組織から得たケラチン産生細胞を用いて、ケラチン産生細胞を分化誘導し、その分化前後でタンパク質をコードするRNAとノンコーディングRNAの発現を解析しました。その結果、ECM1(Extracellular matrix protein 1)という遺伝子とその近傍にあるノンコーディングRNA(ncRNA-a1)は、分化誘導すると両者とも発現が上昇することがわかりました。ECM1とncRNA-a1の発現の関係を調べる為に、siRNA(※4)を用いてncRNA-a1を特異的に分解させると、ECM1の発現が減少しました。このことから、ncRNA-a1がECM1の発現を促進することが示されました。よって筆者らは、これら遺伝子発現を促進するノンコーディングRNAをncRNA-a(non-coding RNA-activator)と名付けました。
他にもncRNA-aが存在するかを調べたところ、造血幹細胞形成に重要な役割を持つ遺伝子SCL/TAL1や、発生や癌の転移等に関与する遺伝子Snail1やSnail2など、ヒトにとって重要な遺伝子が、その遺伝子の近傍に存在するncRNA-aによって発現が促進されることがわかりました。さらに、Snail1の発現を促進するノンコーディングRNA(ncRNA-a7)を抑制し、そのときの遺伝子発現を調べると、Snail1を抑制したときと同様の遺伝子発現の挙動を示すことから、やはりncRNA-a7がSnail1の発現促進に関与することが強く支持されました。また、ncRNA-a7は、近傍の遺伝子だけでなく、遠位にあるAurora kinase Aなどの特定の遺伝子も転写促進することも示されました。
これらncRNA-aの特徴は、遺伝子発現を上昇させることが知られていたDNAエレメントであるエンハンサー(※5)と非常によく類似しています。そこで、ncRNA-aが、エンハンサーと同じ役割を果たすのかを調べる為に、レポーター遺伝子下流にncRNA-aをコードするDNA領域を連結したベクターを細胞内に導入したところ、やはりレポーター遺伝子の発現が上昇しました。一方、ncRNA-aをsiRNAで分解すると、レポーター遺伝子も発現が元の量に戻ることが観察されました。
以上より、新規ノンコーディングRNAがエンハンサーのような機能をもつことが明らかになりました。もしかすると、これまでエンハンサーと呼ばれていたDNAエレメントの正体は、その一部はncRNA-aをコードしているDNA領域のことだったのかもしれません。現在のところ、ncRNA-aがどのような機構で特定の遺伝子の発現を促進しているのかは明らかになっていませんが、その機構が解明されることにより、さらに多くのncRNA-aとその標的遺伝子が明らかになると予想されます。また、生物の「複雑さ」を生み出す仕組みは、ノンコーディングRNAを介した複雑な遺伝子発現制御機構に由来するものなのかもしれません。今後の解析が非常に興味深いです。
用語解説
- ※1 ノンコーディングRNA(non-coding RNA: ncRNA)
タンパク質をコードするmRNA(messenger RNA: メッセンジャーRNA)以外のRNA全般を指す。 - ※2 Xist
哺乳類において、性染色体であるX染色体の数は雄(1本)と雌(2本)で異なる。Xist RNAは、雌の一方のX染色体でのみ発現し、その染色体を不活化することによって、性差によるX染色体遺伝子の発現量調節に寄与する。 - ※3 マイクロRNA(microRNA: miRNA)
主に22塩基長の一本鎖ノンコーディングRNAで、塩基配列依存的に結合したmRNAを不安定化することで、遺伝子発現を負に制御する。miRNAはArgonauteタンパク質と結合することによってRISC(RNA-induced silencing complex)を形成する。mRNAを不安定化する活性は、Argonauteによって担われる。 - ※4 siRNA(small interfering RNA)
20数塩基長の一本鎖RNAで、相補的な塩基配列をもつ特定のmRNAなどに結合し、その分解を導く。本論文では、この機構をノンコーディングRNAに応用している。 - ※5 エンハンサー(Enhancer)
遺伝子の発現を促進させるDNA配列。一般的には、転写調節因子が結合するDNA配列と考えられている。
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