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(2011/03/25) - リプログラミングを促進する小さなRNA
(2011/03/25) - ⊿Np63は転写因子Lshを介して、がん幹細胞の増加を促す
(2011/03/25) - 造血幹細胞のメンテナンスを行う新たな因子の発見
(2011/03/04) - マウスES細胞から神経細胞への分化を方向づける因子の発見
(2011/03/04) - ヒト疾患iPS細胞:自閉症レット症候群への応用
(2011/02/18) - 生きかえる心臓
(2011/02/18) - グリオブラストーマ幹細胞様細胞は内皮細胞へ分化し、血管新生を誘導する
(2011/02/04) - 血液の幹細胞を保存状態と臨戦態勢に分類するNカドヘリン
(2011/02/04) - 急性骨髄性白血病のがん幹細胞への集中的治療を可能にするTIM-3
(2011/01/21) - p53の機能の回復を対象とした、がんの治療法には限界がある?
(2011/01/21) - 前立腺癌は分泌細胞、基底細胞のどちらに由来するのか?
(2011/01/07) - 癌細胞をリプログラミングする
(2011/01/07) - 造血幹細胞のエネルギー代謝や恒常性は、Lkb1によって調節される
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(2010/12/24) - 恐竜は何色?
(2010/12/10) - ヒト胚性幹細胞から軟骨細胞への分化誘導
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(2010/11/26) - ただ一つの遺伝子をヒトの皮膚細胞に導入し血液のもとになる細胞を作り出すことに成功
(2010/11/26) - TAp63のDicerを介した転移抑制機構
(2010/11/12) - ヒト細胞における、エンハンサー的機能をもつ長鎖ノンコーディングRNAの発見
(2010/11/12) - 毛包の前駆細胞から生じるSKPs(皮膚由来多能性前駆細胞)は、成人真皮幹細胞としての特性を示す
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(2010/10/29) - miR-9は乳癌においてE-cadherinの発現を抑制し、癌転移を促進する
(2010/10/15) - 間葉系幹細胞と造血幹細胞が形成する独特な骨髄ニッチ
(2010/10/15) - 細胞運命決定因子Musashiによる白血病の制御
(2010/10/01) - 単一のLgr5幹細胞からのin vitroでの陰窩・絨毛構造の構築
(2010/10/01) - 造血幹細胞は、インターフェロンγによって活性化される
(2010/09/17) - iPS細胞に残る由来細胞の記憶
(2010/09/17) - 生後の海馬の神経新生は、記憶(恐怖連合記憶)の情報処理(海馬依存的な期間)を制御する
(2010/09/03) - 核質に存在するヌクレオポリンは発生と細胞周期に関連する遺伝子の発現に直接的に関与している
(2010/09/03)
- 骨髄由来の筋繊維芽細胞は間葉系幹細胞のニッチの構築と腫瘍増殖を促進する
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細胞運命決定因子Musashiによる白血病の制御
論文紹介著者
河瀬 聡(博士課程 4年)
GCOE RA
生理学2
第一著者名・掲載雑誌・号・掲載年月
Takahiro Ito/Nature. 466, 765-768, 2010
文献の英文表記:著者名・論文の表題・雑誌名・巻・号・ページ・発行年(西暦)
Ito T, Kwon HY, Zimdahl B, Congdon KL, Blum J, Lento WE, Zhao C, Lagoo A, Gerrard G, Foroni L, Goldman J, Goh H, Kim SH, Kim DW, Chuah C, Oehler VG, Radich JP, Jordan CT, and Reya T. Regulation of myeloid leukaemia by the cell-fate determinant Musashi. Nature. 466. 765-768, 2010
論文解説
私達は体が成長期にあるとき、細胞が増えていることを認識できます。また皮膚や毛が日々新生するときや、怪我をしたときにも新しい細胞ができていることを実感できます。体は生涯を通じて常に制御しながら新生細胞を作り出し、必要に応じて体の恒常性を保っています。規則正しく新しい細胞を生み出すのは、それぞれの組織に存在する一部の細胞で、幹細胞※1と呼ばれています。幹細胞は周囲の環境からの指令を受けて未分化性を維持し、分化した細胞を新たに生じます。
一方、時に環境に制御されずに増える細胞があります。癌細胞です。癌細胞は幹細胞に類似した未分化な細胞集団が含まれており、この細胞が増殖を続けます。今回の報告でItoらは、血液の癌である白血病の悪性度が高くなる仕組みが、幹細胞(造血幹細胞)を維持する仕組みと同じであることを発見しました。
白血病は血液の癌ですが、大きく分けると急性白血病と慢性白血病になります。急性白血病は急性に進行し、治療しなければ数か月以内に死亡します。慢性白血病は未治療でも数年間生存し慢性経過をとりますが、急性期になると悪化します。なぜ慢性白血病が慢性期から急性期に移行するのかについては、これまでよく分かっていませんでした。
急性白血病と慢性白血病には腫瘍細胞の分化能に明らかに差があることが知られており、慢性白血病は分化しますが、急性白血病は分化しません。また慢性白血病も急性期を迎えると分化しなくなります。つまり悪性度が高い腫瘍には、未分化状態を維持して増え続ける細胞が多いことが考えられました。そこでItoらは、幹細胞において未分化性を維持することが報告されているMusashi蛋白質※2(Msi2)に着目し、この遺伝子を抑えた時の効果について検討しました。Msiはこれまでに幹細胞の分化を促進するNumbという蛋白質ができるのを抑え、未分化な状態を維持する働きがあることが知られていました。そこで患者さんの慢性白血病細胞において両蛋白質の発現量を調べると、慢性期から急性期に移行するに従ってMsi2の量が多くなるのとは対照的に、Numbは移行するに従って減っていました。人工的にNumbを発現させた腫瘍細胞と、発現させていないコントロール細胞をマウスに移植すると、Numbを発現させたものはコントロールに比べてマウスの生存率が顕著に高くなり、未分化な細胞も減っていました。このことからNumbの高い発現が腫瘍の悪性度を下げ、生存率に効果をもたらすことが示されました。それではNumbの発現を下げていると考えられるMsi2の発現を抑えると、悪性度が下がるでしょうか?人工的にMsi2の発現量を下げた腫瘍細胞をマウスに移植したところ、予想通り生存率が高くなり、未分化細胞が減少すると共に、分化した細胞が増えていました。この時Numbの発現も高くなっていたことから、これらの実験結果はNumbを介したMsi2の阻害効果であると考えられます。
今回の報告によって、Msi2が慢性白血病の悪性度に関するマーカーになり、急性期へ移行する診断材料に成り得ることが示されました。また、急性期に悪化する分子メカニズムの一端が分かり、今後Msi2をターゲットとした創薬等、新たな治療法の開発が期待されます。
さらにMsiは他にも脳腫瘍、乳癌、大腸癌等の幹細胞に発現し、悪性度との関与が指摘されているので、癌細胞におけるMsiの基礎研究や臨床応用は更に期待されています。
Itoらの成果は、これまでに明らかにされた幹細胞研究の成果を礎に成されました。幹細胞研究は癌研究のみならず、体の修復や老化の謎を解く鍵ですので、これを制御することは医学の進歩において間違い無く大事なことです。Msiは当研究拠点長が発見した分子です。今回急性期の慢性白血病において示された、MsiによるNumbの抑制は、慶應義塾大学の岡野研究室で「Msiの転写後調節によるNumbの発現抑制メカニズム」として初めて発見されました。現在、Msiの機能解明に向けて盛んに研究が行われています。今後とも幹細胞研究を応援していただけたら幸いです。
用語解説
- ※1 幹細胞
複数種の自分と異なる細胞を生み出す能力を多分化能と言います。多分化能を維持しながら自己複製をして増殖する能力を有する細胞を幹細胞と言います。
胚性幹細胞(ES細胞)は、受精卵が胚盤胞と呼ばれる時期まで発達した際に内部に含まれる細胞が由来で、胎盤を除く一個体全ての細胞に分化する能力を持ちます。一方、造血幹細胞や神経幹細胞などの体性幹細胞(組織幹細胞)は大人になっても体の器官に存在し、各器官の細胞系列に限定して多様な細胞に分化し、個体を維持します。
- ※2 Musashi(Msi)蛋白質
哺乳類のMsi蛋白質はMsi1と Msi 2の二種類存在することが知られています。Msiと略式記載した時はMsi1とMsi2の両方を指します。
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