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核質に存在するヌクレオポリンは発生と細胞周期に関連する遺伝子の発現に直接的に関与している
論文紹介著者
山田 幸司 (博士課程 2年)
GCOE RA
病理学教室
第一著者名・掲載雑誌・号・掲載年月
Bernike Kalverda/Cell. 140, 360-371, 2010
文献の英文表記:著者名・論文の表題・雑誌名・巻・号・ページ・発行年(西暦)
Bernike Kalverda, Helen Pickersgill, Victor V. Shloma, and Maarten Fornerod. Nucleoporins Directly Stimulate Expression of Developmental and Cell-Cycle Genes Inside the Nucleoplasm. Cell. 140, 360-371, 2010
論文解説
われわれの体を作るための設計図である遺伝子を含むDNAは、細胞の中の核と呼ばれる構造体によって区分けされ、収納されています。そしてこの設計図の読み込み(遺伝子の発現)の開始は極めて厳密に調節されております。オランダの研究者のKalverdaらは、ヌクレオポリンと呼ばれる核膜孔(※1)に存在するタンパク質が、核内部(核質)に移行し、遺伝子の発現を直接調節していることを証明しました。なかでも細胞の発生や細胞周期(※2)といった生体機能に重要な遺伝子がヌクレオポリンの標的になっていることがわかりました。
ヒトを含めた高等生物の細胞は、遺伝物質を核膜に囲まれた核とその他の細胞内成分(細胞質)とに分けられます。細胞質と核間の物質のやり取りは核膜に存在する核膜孔を介して行われます。ヌクレオポリンは核膜孔に存在するタンパク質で、核内外の物質の輸送を媒介する番人としての役割を持っています。この複合体は核膜孔複合体と呼ばれ、ある特定の輸送因子(インポーチンやエクスポーチンなど)のみを選択的に核の内外に移行させます。そのため、低分子化合物や小さな分子を除き、比較的大きい分子が核膜を通過するためには、これら輸送因子と結合できなければなりません。
通常、一つのタンパク質は一つの代表的な役割を担っております。例えば、コラーゲンは生体構成を形成するのに重要なタンパク質であり、アクチンと呼ばれるタンパク質は細胞の運動に寄与します。一方で、多くの場合、一つのタンパク質は多機能を有します。これまでにショウジョウバエを用いた研究成果から、おもに3つのヌクレオポリンである、Nup50, Nup62, Nup98が核膜のみならず、核の内部にも存在し、クロマチンと結合することがわかってきました。クロマチンはDNAとタンパク質の複合体なので、これによりヌクレオポリンによる遺伝子発現調節の可能性が予想されました。つまり、ヌクレオポリンが核膜の番人としての役割のほかに、遺伝子の発現に影響力を持つのではないかという疑問が出たわけです。生命現象はタンパク質が機能することで発揮されます。ゆえにタンパク質の合成の開始点となる遺伝子の転写を調節するということは細胞内機能を左右する重要な機構であるといえます。そこでKalverdaらはこれらヌクレオポリンが核内部でクロマチンと結合する意味を明確にすることを目的に研究を行いました。
Kalverdaらはショウジョウバエの胚細胞でNup50, Nup62, Nup98と結合したDNA配列を網羅的に解析したところ、それぞれが類似した遺伝子群を標的とすることを突き止めました。さらにNup50, Nup62, Nup98の細胞内での発現を抑制することでこれら遺伝子群の発現が影響を受けることが分かりました。このことから、これらヌクレオポリンが特定のDNAと結合することで特定の遺伝子の発現を調節していることが示唆されました。また、この結果と合わせて、核膜孔と結合させず、恒常的に核質に留まるようなNup98変異体タンパク質を利用した実験から、核質のヌクレオポリンが発生や細胞周期に関連した遺伝子の発現を調節していることを示しました。
以上より、核膜孔の門番として知られていたNup50, Nup62, Nup98という各ヌクレオポリンが遺伝子の発現を直接調節し、影響を与えている可能性が示唆されました。この事象は具体的にサッカーの田中マルクス闘莉王選手とそのプレースタイルに類似しています。彼のポジションはセンターバック(=ディフェンダー)です。本来ディフェンダーは自陣の守備をするのが仕事ですが、彼はそのポジションの枠に囚われずに自らが攻撃に転じて、その結果見事に得点を決めてきます。つまり本来の守備としての重要な役割があるにも関わらず、試合の勝敗を左右するフォワードの仕事も見事にこなしているわけです。同じようにヌクレオポリンも本来は核膜孔の番人としての重要な機能がある一方で、転写調節という細胞機能の重要な機構に直接関与することが今回わかりました。実際にこの現象が生理的にどのくらい重要であるかは今後の課題となりますが、いずれも「生き残り」をかけた戦略によるものだと考えられます。ヌクレオポリンはほぼすべての細胞の核に存在します。よって本成果は広く細胞の生理機能の調節機構を説明するうえでの重要な知見を示すものであるとともに、一つのタンパク質の機能の多様化を指し示す知見でもありました。
用語解説
- ※1 核膜孔(nuclear pore)
細胞の核と細胞質は核膜と呼ばれる二重の膜により分離されており、この膜に貫通した形で核膜孔が存在します。多くの分子は核膜孔を媒介して物質の輸送が行われます。また、核膜孔は大型で巨大な核膜孔複合体(nuclear pore complex)から構成されており、ヌクレオポリンはこの複合体の構成因子でもあります。 - ※2 細胞周期(cell cycle)
細胞は分裂している時期(分裂期)と分裂していない時期(間期)を繰り返していて、この繰り返しを細胞周期と呼びます。このサイクルは細胞の増殖に直接関係するため、細胞の生理状態やがんの生物学を考える上で大切な機構でもあります。特にがんの多くはこの細胞周期の繰り返しスピードが速いことが多いです。ゆえにその原因分子を探し、それを標的として治療を行うことが、がん治療の一つのアプローチとなっております。
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