我々の脳では、膨大な数の神経細胞が正確に繋がることで、機能的な神経回路が構築されています。神経細胞の樹状突起には、スパインと呼ばれる小さな突起が無数にあり、ここに神経細胞同士のつなぎ目となるシナプスが形成されます。近年、様々な精神疾患と神経細胞のスパインの異常との関連が注目されています。しかし、スパインの数や形がどのようにして制御されているのかは、まだよくわかっていませんでした。
今回の研究で我々は、運動の学習を担う小脳の神経細胞であるプルキンエ細胞において、カルシウム/カルモジュリン依存性タンパク質キナーゼβサブユニット(CaMKIIβ)と呼ばれるタンパク質がスパインの数や形を制御していることを発見しました。さらにそのメカニズムについて詳しく調べた結果、このCaMKIIβのスパインに対する機能は、タンパク質リン酸化酵素の一つであるプロテインキナーゼC(PKC)によるリン酸化で調節されていることが分かりました。つまり、PKCによるCaMKIIβのリン酸化反応は、プルキンエ細胞のスパインの数や形を正しく制御するために重要な役割を果たしていることが分かりました。
この成果は、様々な精神疾患の原因解明や治療法の確立につながると期待できます。
この発見はIP3受容体1型欠損マウスの解析がきっかけでした。成熟小脳のプルキンエ細胞でのみ欠損させたマウスではスパインの数と高さが増え、小脳の学習機能(長期抑圧)が抑制される事にヒントを得て、IP3受容体1型の下流の分子を探してCaMKIIβにたどりつきました。
(理化学研究所脳科学総合研究センター 発生神経生物研究チームシニアチームリーダー
御子柴克彦 48回)