水(H2O)は、地球上の生物にとって最も重要な分子の一つです。我々は毎日約2.5Lの水を摂取し、ほぼ同量を排出するという水のダイナミックな平衡状態の中で生命活動を営んでいます。実際、MRI(磁気共鳴画像)は体内における水分子の動態を反映しており、その水構造の違いから癌を診断しています。MRIは脳の形態・機能解析にも用いられます。しかしながら、がん細胞や脳組織における水挙動の生物学的意義は未だ不明な点が多く残されています。また、水構造が関係する重要な例として細胞の凍結保存が挙げられます。現在のところ凍結方法は経験則に頼っていますが、再生医療の普及を考えると個々の細胞に適したプロトコールの開発が必須です。このように生体内水構造に関する基礎研究は、その重要性にもかかわらず大変遅れています。水があまりにも普遍的なため研究対象になりにくいことや観測技術が伴わなかったことがその一因と思われます。一方、水チャネル、アクアポリンの発見は生体における水挙動を分子レベルで理解する可能性を切り開いてくれました。また、水分子動態の観測に応用可能なイメージング技術の開発も近年急速に進んできました。
我々は、アクアポリンの分子生物学的研究を発展させて、生命現象を水分子動態から包括的に理解していくことを目指しています。そして、「Water Biology (水分子の生物学)」という新しい概念を提唱することで、様々な生理現象や病態に対する理解を深めていきたいと考えています。 特に、アクアポリンと生体水構造のダイナミクスとの関係を明らかにすることで、水分子動態と細胞機能との関わりを解析していきます。
研究方法としては、最先端の非線形光学顕微鏡、近赤外分光装置そして二量子MRIを用いて細胞膜水拡散と細胞内外の自由水・構造水を高い時間・空間分解能で観測し、更に計算機科学を併用しながら解析していきます。実際には、i) 生殖細胞の凍結保存、ii) がん細胞の増殖・移動、iii) 脳細胞外空間のダイナミクス、ⅳ) 上皮の分泌吸収メカニズムを具体的な研究対象として取り上げ、それぞれの細胞・組織におけるアクアポリンの発現・機能と生体水構造のダイナミクスとの関係を解明することを目指しています。