2025/06/05
「精神科医になろうと決意したのは高校1年生のころ」という内田裕之先生。現在は、慶應義塾大学医学部精神・神経科学教室の教授として教鞭をとる傍ら、大学病院で臨床医として患者さんの治療にあたっています。近年増加しており、かつより有効な治療法が望まれているうつ病の根治を目指し、新たな治療法の開発に取り組んでいる内田先生に、医師になられた経緯や最新の研究内容についてうかがいました。
内田先生が、医学部に入ろうと決意したのは、高校1年生のとき。それ以前はまったく別の将来を夢見ていたそうです。
「慶應義塾中等部で学んでいた頃は、マヤ文明やアステカ文明に興味があり、本を読み漁ったり博物館に出かけたりしていました。高校を卒業したら大学の文学部に進学し、考古学者になりたいと思っていたのです」
その夢が突然覆ったのは、高校1年生のとき。ある一冊の本との出会いがきっかけでした。
「精神科医の宮西照夫先生の本を読んで衝撃を受けました。宮西先生は精神医学の視点から、マヤ文明における生死の概念や伝統医療などを研究されていました。文系からのアプローチとは全く異なる視点はとても新鮮で、文学部に進学して考古学者になるよりも、精神科医になって考古学を理系の視点で研究する方が面白いと感じ、精神科医を志すようになったのです」
晴れて慶應義塾大学医学部に入学。精神科医を目指して勉強しつつも、古代文明や社会学への関心は消えず、自分なりに勉強をしていた内田先生。しかし、医師として患者さんに接するようになると、関心の対象は変化していったといいます。
「やはり一番の関心は『患者さんをどう良くするか』ということ。つまり、治療学です。その中でも特に重要な薬物療法や脳画像の研究にウエートを置くようになりました」
特に内田先生が力を入れてきたのは、うつ病の治療法開発です。
「うつ病の生涯有病率は約6.5%と高く、しかも年々増加しています。ところが従来の治療法は30%の患者さんには効果がありません。このような難治性の患者さんのための新しい治療法の開発は、喫緊の社会課題なのです」
その課題に立ち向かうべく研究を続けてきた内田先生は、再び、高校時代にのめり込んだマヤ文明の神秘と出会うことになりました。
「最近、精神医学の世界で注目を集めているのが、精神展開剤、かつて幻覚剤と呼ばれた薬です。精神展開剤がうつ病の治療に効果的であることは古くから知られ1960年代に治療効果が検証されていました。しかし、1970年に精神展開剤が麻薬指定され、以来、臨床研究が中断されていました。潮目が変わったのは1990年代です。1994年に約20年ぶりに臨床研究の結果が報告され、その後、精神展開剤の臨床研究を正式に認可する動きが広がり、それ以降、多数の臨床試験が実施されるようになりました。精神展開剤は、今や精神医学界で最もホットな話題の一つなのです」
しかし、内田先生に言わせれば、それは何も新しいコンセプトではありませんでした。
「精神展開剤の一つであるシロシビンという成分は、マジックマッシュルームにも含まれています。マジックマッシュルームはマヤ・アステカ文明で神事や宗教儀式の際に用いられていたほか、うつや不安に対する治療薬としても使われていました。精神展開剤は何千年以上も前から伝統医学として脈々と受け継がれてきたのです」
ここで内田先生は、高校時代にハマった古代文明の世界に再び戻ってきたわけです。
しかし、精神展開剤には違法薬物として知られるLSDやMDMAなども含まれています。「麻薬を治療に使って大丈夫なの!?」と心配されることはないのでしょうか。
「確かに『そんな研究をして大丈夫?』と言われることもありますが、実は、精神展開剤の危険度を調べると、LSDは7、マジックマッシュルームは6で、アルコール(72)、タバコ(26)と比べるとずっと低いのです。もちろん『完全に安全』と言えるわけではないですが、危険度は相対的に高くない、と言えるでしょう」
さらに画期的なのは、その効果です。
「精神展開剤の中でもシロシビンには極めて高い抗うつ効果と即効性が確認されています。しかも効果は約半年から1年間と長期にわたって持続することも報告されています。根治の可能性も期待されているのです。従来の治療法の効果が7割しかなかったことを考えるとこれは革命的な発見で、精神医学を大きく変える可能性がある。非常にワクワクしますね」
欧米では盛んに臨床試験が行われていますがアジアではまだこれから。現在、内田先生が先導者となって、アジア初の臨床試験の実施に向けて取り組んでいます。とはいえ、麻薬指定されている薬物を使用するためにはさまざまな法規制をクリアしなければならず、準備にはかなりの時間がかかったそう。今は、ようやくスタートラインに立てたところだといいます。
内田先生が目指す5年後の目標は、精神展開剤の社会実装。そのためには、製薬会社との連携が不可欠です。
「研究者が1人でどれだけ頑張っても薬を世に広めることはできません。精神・神経疾患領域におけるリーディングカンパニーである大塚製薬に打診したところ、話が進み、精神展開剤の社会実装を目的とした共同研究がスタートしました。精神展開剤は麻薬の一種でもあるので、いかに安全に社会に届けるかも重要なポイントです。治療者や医師、心理士の教育をどのようにするか、どの医療機関で扱えるようにするかなど、制度設計も必要となり、これらの課題に対し、プロジェクトを立ち上げて産学連携で取り組む計画です」
日々精力的に活動を続ける内田先生。「辛いと思ったり、挫折したりしたことはないのか」と尋ねるとしばらく考えてから、
「ないですね。大変なことがあっても、それを楽しむことのほうが多い。あるいは、『乗り越えた先にどんな景色があるのかな』という好奇心のほうが強くて、挫折とは感じないのかもしれません」
強いて挙げるとしたら、カナダのトロント大学に留学していた時にピンチが訪れたそう。
「3年間の予定で留学したのですが、1年を過ぎた頃、研究室のボスがヘッドハンティングされ、研究室がなくなってしまったんです。残り2年をどう過ごすのかと、途方に暮れましたが、兄弟子の研究者から『一緒にラボを立ち上げないか』と誘われ、それに乗ることに。資金調達から始まり、何から何まで初体験でしたが、なんとか研究室を立ち上げました。周囲からは『大変でしたね』と言われましたが、自分の中では楽しんでやっていましたね。小さいラボだったので一人で何でもやらないといけなくて、その経験は今も役立っています。『若いときの苦労は買ってでもしろ』という言葉がありますが、その通りだなと思います」
自分で「忙しい」とは言わない。嫌なことがあっても「たいしたことはない」と気にしない。そうした考え方が、自然と身についたのだそうです。また、内田先生の強さは、学生時代から続けている柔道にもあるのかもしれません。現在は大学医学部の柔道部の部長も務めているそうです。
座右の銘は、「三倍努力」。これは「木村の前に木村なく、木村の後に木村なし」と言われ、最強の武道家と讃えられた柔道家、木村正彦氏の言葉です。
「何かを成し遂げようとしたら、まず努力をしないと話にならない。2倍の努力だと人に追いつかれる。3倍やったら誰からも追いつかれないと彼は言っていて。世の中にすばらしい人がたくさんいる中で、凡人の私は努力するしかないなと常に考えていますね」
自分に厳しい内田先生ですが、「若手の医師や学生が入りやすいように研究室のドアはいつも開けている」など優しい一面も。若い世代の人と接するときに心掛けていることもあるそうです。
「相手が年下であっても、自分の意見を押し付けないようにしています。彼らの方が実は正しかったり、知識があったり、技能が高かったり。こちらが学ぶことも多いからです。慶應義塾の理念の一つに『半学半教』という言葉がありますが、まさにその通りですね」
部屋の隅には、後輩たちから贈られたという写真が飾られています。内田先生が格闘技好きだと知って、アントニオ猪木とタイガー・ジェット・シンの名勝負を撮った数量限定の貴重な写真を贈ってくれたのだそうです。後輩たちに慕われる内田先生の人柄が伝わってきます。
これから医学部を目指す高校生に向けて、医師や研究者に向いているのはどんな人か聞きました。
「人に少しでも楽になってもらうのが医師の仕事。ですから人に興味・関心がある人が医師には向いています。それがなければ多分続かないでしょう。研究者に向いているのは、文系理系にかかわらず、とことん真実を追求したい人ですね」
慶應義塾大学医学部で学ぶことのよさについても語っていただきました。
「医学部のよいところは、他の診療科との垣根が低いこと。また、基礎研究者と臨床医の垣根も低いので、わからないことがあったらすぐに聞けますし、共同研究しましょう、ということも非常に言いやすい。良い意味での仲間意識の強さが魅力ですね」
中等部から慶應義塾で学んできた内田先生の「慶應愛」は深く、「慶應義塾大学全体で言うと、総合大学ですので、他学部の先生と一緒に仕事をする機会も多いのですが、自分の分野以外の一流の専門家がたくさんいるので、そういった方々から学べるのはとても大きい。一つの分野だけを突き詰めてもブレイクスルーは得られません。新しいアイデアは未知の分野の人とぶつかり合うことで生まれるのです。そういった意味でも非常に良い環境だと思います」
高校生への応援メッセージを伺うと、常に前向きでポジティブな内田先生らしい答えが返ってきました。
「今、皆さんが生きているこの時代はとても面白い時代です。AIなどの技術革新や気候変動、宇宙開発など、社会全体が劇的に変わろうとしています。さらに10年、20年、30年先にはこれまで以上の激変が起きるでしょう。そういう時代に大人になって活躍できるのはとても素晴らしいことです。
慶應義塾は、1858年に福澤諭吉先生が開講した蘭学塾が始まりです。当時の日本は、ペリーが来航し、鎖国政策が崩れ、欧米の文化や技術にならって一気に近代化が進んだ激動の時代でした。そんな時代に、開学した慶應義塾は、常に社会の先導者を世に送り出してきました。今はまさにその頃と同じことが起こっているのです。
慶應義塾大学には、社会を先導するよきロールモデルがたくさんいて、みなさんのポテンシャルを100%以上に引き出してくれる環境が整っています。私としてもそういった人たちが来てくれるととても嬉しいです」
内田先生は今、「精神展開学=サイケデリックスタディズ」という新しい学問体系を立ち上げようとしているそうです。「医学、基礎医学、神経科学、社会学、人類学、宗教学など様々な分野の人たちを巻き込みながら人間の精神世界について研究していきたい」と語る内田先生。探究への情熱はまだまだ尽きることはなさそうです。
内田 裕之(うちだ ひろゆき)
慶應義塾大学医学部 精神・神経科学教室 教授。
1998年慶應義塾大学医学部卒業。研修医、医員を経て2002年同博士課程(内科系神経精神科学)修了。トロント大学医学部精神科クリニカルリサーチフェローを経て慶應義塾大学医学部精神・神経科学教室助教に。その後、専任講師、准教授を経て2023年4月より現職。主な研究領域は、臨床精神薬理・脳画像・レジリエンス。
※所属・職名等は取材時のものです。