研究医養成プログラム
(MD-PhDコース)とは

近年、初期研修・後期研修プログラム制度の導入や専門医制度によって、若手医師の臨床志向が強くなり、医学部出身の基礎研究者が激減してきています。基礎医学研究は医学部卒業生でなくても可能ですが、6年間の医学教育を受け、医学知識を十分にもった基礎医学研究者が一定数必要です。このため、医学部で医師になるための教育を受けると同時に、大学院で医学の知識に基づいたレベルの高い研究を行い、将来、研究医となる人材を育成するプログラムとして、各大学に研究医養成プログラムが設置されました。

プログラム概要

慶應義塾大学の研究医養成プログラムは2011年に始まり、医学部医学科6年+大学院医学研究科博士課程3年の合計9年間のプログラムになっています。医学部医学科第3学年より、学部の講義・実習に加え、大学院医学研究科博士課程講義を受講し、第3学年9月から第4学年7月にかけて研究室に配属され、研究をおこないます。医学部卒業と同時に、大学院に入学し、3年間で学位取得します。学生にはそれぞれ2名のメンターがつき、定期的に研究成果をチェックし、研究室の選択やテーマなどについて相談をします。

詳細

コースの正式名称

慶應義塾大学医学部「研究医養成プログラム」(MD-PhDコース)

コース対象学生

慶應義塾大学医学部医学科第3学年~第6学年
慶應義塾大学大学院医学研究科博士課程第1学年~第3学年

コース受入人数

6名/学年

養成する専門分野

基礎医学系、社会医学系、臨床医学系分野

養成する人材像

医学の知識に基づいたレベルの高い基礎研究を行い、成果を出せる基礎研究医を育成する。米国のMD-PhDコースと同様に、大学院修了後も基礎医学領域等の研究者として研究ならびに教育を継続する人材を養成する。

修業期間

9年間(医学部医学科6年+大学院医学研究科博士課程3年)

修了要件・履修方法

医学部医学科第3学年より、学部の講義・実習に加え、(1)大学院医学研究科博士課程講義の受講(合計3単位:医学特別講義〔1単位〕、生命倫理学〔1単位〕、医科学方法論〔1単位〕)、(2)第3学年9月から第4学年7月にかけての研究室配属を行う。(2)のうち、第3学年9月~3月の研究室配属に関しては、大学院医学研究科博士課程入学時に内容・実習時間数を同研究科委員会が審査し、大学院副科目「MD-PhD研究技法修得科目」5単位として認定される。本コース学生は、大学院医学研究科博士課程修了要件30単位のうち、入学時最大8単位認定と、研究室配属経験のアドバンテージを得て、入学時より基礎医学研究に専心できる環境が名実ともに用意され、博士学位取得の期間の短縮(4年→3年、学部入学後9年)が可能となる。なお、2023年度より大学院設置科目の履修は任意となった。各自の研究内容や興味に応じて、必要な講義のみ聴講することも可能である。

教育内容の特色等

MD-PhDコースの成否を決するのは、他学生と異なる進路選択をすることに対する学生の不安を取り除き援護すること、また卒業後のキャリアパスを見えるようにすることにある。それゆえ、メンター(※)・研究室配属先教員・学生課間で、年複数回、定期的に、本コース学生の研究経過、報告、要望について確認、情報共有する機会を設ける。学生には研究室配属期間中の研究内容について、研究ノート(日報)に記録することを求め、同記録を元に、この間の成績評価・大学院入学時単位認定要件の適否を判定する。

コース開始前年の学部第2学年において、説明会、講義、基礎系教員との個別面談、3次にわたる希望聴取機会等を通じ、基礎医学研究への動機付けを狙う。コース開始後は、第3学年7月までを研究室選択のためのインタビュー期間に当て、この間設置される大学院博士課程講義の履修と合わせ、各研究科委員の専門分野、研究室で展開されている先端医科学研究を学ぶことで、自身が志望する基礎医学研究分野を熟慮できる時間と材料を与える。第3学年9月~第4学年7月では、通算3期の研究室ローテーションを行う(そのうち2つを大学院科目として博士課程進学後5単位認定する)も、研究室指導教員とは別にメンター教員を置くことで、ローテーションの自由度確保を工夫する(研究室は変わっても変わらなくてもよい)。

奨学金初回支給時を第4学年末とした設定趣旨は、基礎系研究医としての進路選択のチェックポイントとして意味をもたせ、これを学生本人と保証人との将来進路確認機会ともしたいためである。第5学年・第6学年は、本コース学生も他の学生と同じく、臨床実習を優先するカリキュラムとなるが、この間も課外の時間を使って、本コース学生は志望研究室に自由に出入りできるよう、メンターが研究室指導教員と連携し支援する。また夜間に開講される大学院講義についても第5学年・第6学年に履修・聴講できるよう時間割を調整する。

卒業後、学外での臨床研修を希望する場合は、博士課程への出願保留もしくは博士課程の休学制度を用いて、2年間を上限として、MD-PhDコースを中断することも可能である。また、MD-PhDコースと慶應義塾大学病院での臨床研修は同時に行うことが出来る。この場合には、6年次に行われる審査に合格するとともに、博士課程入学試験の出願時までに、所属教室の許可を得ることが必要である。

メンターとは

メンターとは、MD-PhDコース学生の学業、研究、学生生活に関わる問題、将来の進路等の相談役となる教員のことである。学生1人につき教員2名をメンターとして選ぶことが可能である。メンターは研究室の指導教員でも良いが、自分の将来を一緒に考えてくれるそれ以外の教員、コースの変更や、向いているコースのアドバイスを親身になってしてくれる教員を選んでよい。
メンター決定は、第2学年12月に実施する個別相談の結果と学生の希望を踏まえ、コース担当の教員と相談する。メンターの候補者が決まり次第、コース担当の教員から趣旨説明をメンター候補教員に行い、教員と学生で面談する。メンター候補教員の承諾が得られれば晴れてメンター決定となる。メンターは、決定後も変更することが可能である。

研究指導体制

MD-PhDコースでは、研究テーマのきめ細やかな指導に加えて、医学部の講義実習と大学院科目を同時進行で進めることによって発生する負荷や、キャリア・ディベロップメントに対する不安の解消に十分に配慮し、研究指導教員以外に2名以上のメンターを設置し、定期面談を課すことで、教職員による徹底した研究指導と学生生活、進路サポートを行う。

履修科目等

医学部医学科設置全科目、大学院医学研究科博士課程設置科目「医学特別講義」(1単位)、「医科学方法論」(1単位)、「生命倫理学」(1単位)、「MD-PhD研究技法修得科目」(5単位)

学生生活支援・研究活動支援

  • 医学部研究医養成奨学金
    第5、6学年への進級時に上限100万円を支給
  • 学会参加補助
    学部授業との調整や旅費の補助等

他大学、研究所との連携

  • 埼玉医科大学医学部、大学院医学研究科
  • 理化学研究所

教員コメント

なぜ医師は研究を行うのか?

医師は目の前にいる患者さんの病苦を取り除くために努力することが仕事であり、常に最高の技術と知識で病に立ち向かうために、勉学や鍛錬を続けなければなりません。しかし、どんなに努力しても、現在の知識と技術ではまだ治療できない疾患があります。それでは、そのような難治性の疾患の治療法を考案するのは、一体誰の仕事なのでしょうか?それは、その疾患の性質と治療の難しさを知る医師こそが、担当しなければならないのです。そのためには、疾患を基礎的に分析して、病の本質を理解し、それに対して治療法を開発する研究能力が必要となります。私達慶應義塾大学医学部は、そのような未来の医療の礎となる基礎研究を自身で行い、それを正しいステップを踏んで臨床に応用できる人材を育てています。私達の大学に設置された研究医養成プログラム(通称MD-PhD コース)は、医学生物学と疾患の知識を持った医学部学生を、世界最高レベルの基礎研究ができる科学者として育てるためのプログラムであり、毎年数名の学生がこのコースに挑戦してくれています。

先端医科学研究所(遺伝子制御) 教授
 佐谷 秀行

研究医のすすめ~研究の魅力とは~

医学研究者が休みなく研究に打ち込むのは、病める人々を救いたいという崇高な気持ちと共に、例え小さくとも人類初!という発見をする喜びを経験したいから。研究は、しばしば、真っ暗闇の中を手さぐりすることに例えられる。一つ一つの実験は、マッチを擦って目の前の壁を照らすようなものだ。そこに描かれているのは断片的でどんな絵かわからないが、なんだか重要そうな面白そうな予感がする。大いなる期待と不安に胸を踊らせて、憑かれたようにマッチを擦り続ける。天才は、断片的な情報をつなぎあわせて一気に全体像に至るだろう。でも、凡人も一生懸命手探りをしているうちに電灯のスイッチに手が届き、突然全てが明らかになることもある。往々にして、更に探索するべき隣の部屋があることに気づくだけのこともあるが、一気にすべてが見え全面解決かと思える瞬間、断片的な絵がつまらない落書きでなく、例えば、システィーナ礼拝堂のミケランジェロの大作の一部であったことに気がつく瞬間、天にも昇る心地だろう。皆さんも、研究者になって、そんな体験をしてみたいと思いませんか?

システム医学 教授
 洪 実

学生コメント「医学生の研究ライフ」

医学部5年 鎌田 亜紀(2014年時)

私は、医学部に入って様々な病気のことを勉強して、医者にかかっても現時点では治せない病気が数多くあること、医学研究が盛んに行われていることで臨床での治療が日々進歩していることを知り、機会があれば自分も研究をしてみたいと思うようになりました。大学3 年からMD-PhDコースが始まり、最初の1 年程度はいくつかの研究室で色々な実験を広く学ばせて頂きました。去年の9 月からは皮膚科( 皮膚免疫) の研究室に所属して、表皮におけるステロイドの作用機序などについての実験をしています。研究室の先生方はとても面倒見が良く、行き詰まった時は親身になって問題点や解決法を考えて下さるので、とても恵まれた環境で実験することができています。まだ恐らく誰も知らないことについて、自分で実験して調べていると思うと、とてもわくわくします。また、病院実習などで患者さんと接する機会も多いので、モチベーションが常に高い状態でいられます。

医学部4年 遠藤 洵之介(2014年時)

ノーベル賞メダルの裏のデザインを知っていますか。科学の女神Scientia が自然の女神Natura の素顔を覆うベールを持ち上げています。研究の楽しみは、まだ誰も見たことの無いベールの内側を自分が初めて見られることです。生理学教室柚﨑研究室では、記憶と学習のメカニズムの解明を行っています。’柔らかい脳’と’固い脳’はどのように決まるのでしょうか。固い脳が柔らかくなったらどうでしょう。柚﨑研究室は脳の神経細胞がどのように活動するのか、少しでも素顔に近づこうと試行錯誤を重ねています。神経に関わる専門家がチームを作り最先端の研究が行われ、そこに3 人の学部生が机を並べているのです。この魅力的な環境で学部生は日々指導をうけつつ研究室の一翼を担えるよう切磋琢磨し合っています。慶應義塾大学医学部の研究室はどこも学生の研究を歓迎しています。自分の興味・疑問を探求し、女神の微笑みに触れてみませんか。

Q&A

  • Q

    学部にいる間に、大学院博士課程の授業を先取りすることには、
    どういったメリットがあるのでしょうか。

    A

    実際に大学院博士課程に行くと、後半は殆ど学位論文を書くため朝から晩まで実験の毎日となります。この段階で講義が入るのは、実験をする者にとって過重になります。コースワークの単位を入学前にできる限り先取りすることにより、研究に集中できる、というのが一番大きなメリットです。
    また、大学院講義のなかに、様々な研究のテーマのヒントがあります。通常の大学院博士課程の学生は、1年生のときに講義を受けることで自分の学位論文テーマを決めていくことになりますが、これを先取りすることで、自分が今後研究していくためのテーマを早く見つけることができるようになります。

  • Q

    現行の大学院博士課程に入るにあたり入学試験はありますか。
    また、それはMD-PhDコースも一緒ですか。

    A

    大学院博士課程の入学試験は英語の試験と小論文、面接があります。MD-PhDコースでは、それまでの過程を重んじて、面接のみで進学を決定する予定です。

  • Q

    MD-PhDコースを修了後、初期臨床研修に進む場合のデメリットはありますか。

    A

    今のシステムでは、医学部に来て医師になるためには、初期研修をしないと色々な病院で患者を診ることができません。これは大きなデメリットです。しかしこのMD-PhDコースでは大学院を修了し、学位をとった後で初期研修に行くことができます。米国などでは珍しくなく、様々な年齢の人が初期研修をしています。これからこのようなシステムが増え、学位を取った後で初期研修をする人がでるようになり、それが正常化すればデメリットにはならないと考えられます。

  • Q

    アメリカでもし研究をやろうと思った場合にはアメリカの医師の資格が必ず必要なのでしょうか。

    A

    アメリカで研究だけをやるなら、アメリカでの医師資格は必要ありませんが、アメリカで研究をする時に大学院を日本で出ていればポスドク(有給研究員)で入ることができます。しかし、アメリカで大学院に入ろうと思うと、日本より厳しく、時間も長く、また3年でPhDが取れることもめったにありません。MD-PhDコースなどで早く大学院を出て学位を取り、ポスドクとしてアメリカに行くのが最短コースです。

  • Q

    3つの研究室のローテーションを3年生で行うとのことですが、
    この期間は基本的に毎日研究室に向かうことになるのでしょうか。

    A

    はい、そうなります。授業がない時間帯は、研究室で過ごすことが多くなり、研究室の指導教員等から基本となる実験の手技やデータの読み方を習いつつ、実験研究活動を進めていくことになります。
    このあたりは研究室によりそれぞれの進め方があると思われるので、研究室それぞれの指導教員と個別に面談を重ねて決めていきます。
    部活動との両立は時間的に厳しい面がなきにしもあらずですが、両立を希望する学生には大学院博士課程の講義等の履修を6年生でもできるように配慮します。講義は6年までに取ればよいというルールになっています。