1917年(大正6年)に開設された慶應義塾大学医学部。その歩みは、大阪の適塾で医学を学んだ福澤諭吉の自然科学教育・研究の必要性への強い思いから始まりました。その志を受け継いだ初代医学部長・北里柴三郎によって、慶應義塾における医学・医療の教育、研究、診療活動が本格的にスタートしたのです。
福澤諭吉と北里柴三郎という、近代日本の黎明期を代表する二人は、年齢を超えた深い交流がありました。福澤はドイツ留学から戻った北里の活躍を公私にわたり支え、北里はその交わりを通じて強い影響を受け、生涯にわたり深い恩義を感じていました。
北里は、福澤が説き続けた独立自尊の精神と、科学に裏打ちされた実学を大切にする立場を受け継ぎ、「基礎医学と臨床医学が家族のように一体となって、新しい医学・医療を自ら創っていく」との理念を掲げました。この慶應義塾大学医学部創設の理念は、パンデミックを経験し、新しい社会を構築する現代において、ますます輝きを放っています。互いを尊重する自由な雰囲気、そして自らの手で新しい医学・医療を創り出そうとする精神が、いまも慶應義塾大学医学部、大学院、そして大学病院に満ち溢れ、魅力ある学びと実践の場を形づくっているのです。
福澤の精神、北里の理念を受け継ぐ私たちが大切にしているのは、Physician Scientistの育成です。これは、単に科学的思考を持つ医師を意味するだけではありません。あらゆることに対し探究心を持ち、自ら考え、学問の力で課題を解決しようと挑戦する姿勢を指します。この価値観は、慶應義塾で学ぶ医師・医学研究者の一生を貫く大切な指針として、広く共有されています。
慶應義塾大学医学部には、探究心を磨き、新しいことに挑戦できる数多くの機会が用意されています。
・総合大学の強み: 1年次を過ごす日吉キャンパスでは、幅広い学部の学生とともに学ぶため、多様な興味を育み、幅広い人間関係を築くことができます。社会へと視野を広げ、教養の力を養い、生涯の友を得ることは、世界へ羽ばたくPhysician Scientistになるために不可欠な経験です。
・早期からの研究活動: 入学後まもなく開催される研究室訪問ツアーをきっかけに、早期から研究活動を始める学生も少なくありません。3年生の自主学習では、自らが興味あるテーマを選択し、第一線で活躍する研究者の指導を受ける機会を得られます。基礎・臨床を問わず研究に主体的に取り組む経験は、Physician Scientistの揺るぎない礎を築くことになるでしょう。
・グローバルな経験: 医学部生の探究心は、国内にとどまりません。臨床実習期間中の5年生では、米国、欧州、アジア各国への海外臨床留学プログラムが用意され、学年の半数以上がこのプログラムでかけがえのない経験をしています。また、ブラジルを中心とする南米、韓国や中国といったアジア、さらにはアフリカ諸国での課外活動も継続的に行われています。命が、病院の中だけでなく、地域や社会の中で守られ、育まれるものであることを現場で体感する、貴重な機会です。
こうした幅の広い経験こそが、慶應義塾大学医学部卒業生が多彩なキャリアパスを歩むことを可能にしているのです。私たちは、一人ひとりの個性と夢を大切にし、多様性を尊重します。慶應義塾大学医学部には、人生の最も豊かな時期に、探究心を磨き、新しいことに挑戦できる環境があります。創造性に富み、世界のあらゆる場所で活躍する医師、医学研究者を育む医学部として、これからも進化を続けます。
慶應義塾大学医学部長、衛生学公衆衛生学教室教授。専門は公衆衛生学、疫学、産業医学。