2023/06/27
関節の痛みや腫れ、朝起きた時の関節のこわばり、発熱や倦怠感などの症状が現れる「関節リウマチ」。そもそも関節リウマチとは、どのような病気なのでしょうか。
「外部から体内に侵入してきた細菌やウイルスなどを、攻撃・破壊して排除するシステムを『免疫』といいます。本来なら自分を守ってくれるはずの免疫の機能に異常が生じ、自身の正常な細胞や組織を攻撃してしまう病気が『自己免疫疾患』です。この自己免疫疾患の一つで、免疫システムが関節の軟部組織(滑膜)を攻撃することで関節に炎症をおこし、関節を構成する骨や軟骨を破壊するのが、『関節リウマチ』という病気です。」
関節リウマチは、進行すると関節の骨や軟骨が徐々に破壊され、関節が変形してしまうことがあります。さらに、発熱や倦怠感、食欲不振などの全身症状のほか、肺や血管、眼、皮膚などさまざまな臓器に症状が現れることもあります。国内の患者数は80万人ほどといわれており、その約8割が女性。特に30〜50代で発症しやすいとされています。
「私が医学生だった当時、リウマチ・膠原病の有効な治療法はまだほとんどなく、痛み止めやステロイドなどの対症療法が中心でした。入局を決めたのも、わからないことだらけの病態の解明の一端を担っていければ……という思いでした。その後まもなく、リウマチ治療に大きな変革期が訪れるとは思いもしませんでした。」
関節リウマチ治療のパラダイムシフトを示す、驚くべき数字があります。それは「寛解」、つまり関節リウマチの症状や兆候がなく日常生活に支障のない状態を達成した患者の割合です。2001年時点では寛解の割合はわずか7.8%でしたが、20年後の2021年にはなんと60.8%にまで急増しているのです。
この飛躍的な進歩には二つの要因がある、と金子教授はいいます。
「一つは、画期的な『治療薬』の登場です。現在の第一選択薬となっている抗リウマチ薬の『メトトレキサート』が、1999年に日本でようやく承認されました。これは免疫細胞に重要な葉酸の働きを阻害するもので、炎症を抑制することで症状の改善、関節破壊の進行抑制に効果があります。さらに2003年、サイトカイン(免疫細胞から分泌される炎症物質)の一つであるTNFαをブロックするTNF阻害薬が承認されました。この生物学的製剤が、私たちリウマチ医もびっくりするほどよく効いて、病勢をコントロールできるケースが増えていったのです。」
もう一つの大きな要因となったのが、「治療戦略」の確立です。
「1990年代から2000年代にかけて、痛みや腫れのある関節の数、血清反応、患者さん自身による評価などからリウマチの活動性を数値化できるさまざまな評価指標が誕生しました。また2010年には、世界共通のリコメンデーション“T2T:Treat to Target”が提唱され、疾患活動性を定期的にチェックし、目標達成(=寛解)に向かって治療を調整していくという共通認識ができました。それまで医師によって治療の方針にバラツキがあった関節リウマチですが、寛解に向けた明確な治療戦略が立てられるようになっていきました。」
治療薬と治療戦略の進歩によって、一気に底上げされたリウマチ治療。「ここ20年の間に発症した患者さんの場合、ひどい関節破壊まで進むような症例はもうほとんどありません。手術による治療が必要なケースも大幅に減ってきています。また、治療薬の承認をはじめ、かつては海外の先進国に比べて5〜10年ほど遅れをとっていた日本のリウマチ医療は、この20年の間にすっかり追いつき、日本で最初に承認される薬剤があるほどです。 」
画期的な進歩を遂げた関節リウマチの治療。ただし、その発症メカニズムは依然として不明のままであり、アンメット・メディカル・ニーズもいまだ数多く存在しているといいます。
「その一つが、治療が困難なリウマチ(Difficult to treat RA)の存在です。有用な新薬が何種類も出ているにもかかわらず、どの治療を試しても症状が改善しない患者さんは10〜20%程度おり、その治療の最適化は大きな課題です。また、近年は60〜70代で発症する高齢発症の事例も増えてきています。高齢者の場合、他の疾患の存在や薬の副作用との兼ね合いで標準治療を行えないことも多いので、その症状や治療法について研究が進められています。それから、リウマチの発症そのものを予防することを目指した臨床試験も世界中で実施されています。」
金子教授率いるリウマチ・膠原病内科でも、分子レベルでの病態メカニズムの解明を目指す基礎研究から、新規治療の開発のための臨床研究まで、精力的に研究活動に取り組んでいます。今年4月には金子教授らの研究グループが、抗リウマチ薬のメトトレキサートの減量の可能性を世界で初めて明らかにしました。(参考:プレスリリース)
「関節リウマチは、まずメトトレキサートで治療を開始し、それで効果不十分な場合に、生物学的製剤などを使用することが世界の標準治療として推奨されています。生物学的製剤による治療の際は、メトトレキサートを併用することで治療効果が高まるとして、それまでと同量で継続されることが一般的でした。ただし、メトトレキサートの用量が多いほど、消化器症状・脱毛・肝障害・血球減少などの副作用は増え、また金銭面の負担も増します。せめて用量を減らすことができないかと、今回の臨床試験を実施しました。」
国内外の施設で300名の早期関節リウマチ患者を対象に臨床試験を行った結果、TNF阻害薬の投与により寛解を達成した割合は、メトトレキサート同量継続群(13.2mg/週)で 38%、減量群(7.6mg/週)で44%。減量群でもTNF阻害薬の有効性は劣らず、関節破壊の程度や機能障害に関しても差は認められませんでした。一方、TNF阻害薬追加後の有害事象は、メトトレキサート同量継続群で35%、減量群で20%という結果でした。
「今回、生物学的製剤の開始時に併用するメトトレキサートは半減可能であることが明らかになりました。今後は長期の有効性と安全性の評価を行い、より安全性の高い治療の提供を実現できたらと思っています。」
医学部で免疫学を学んだ際、「なんて精巧ですごい仕組みなんだろう」とその面白さに惹かれ、入局を決めたという金子教授。リウマチ・膠原病内科に向いている “資質” のようなものはあるのでしょうか。
「一つは、“モヤっとした曖昧さ” に、やりがいや面白さを感じられることでしょうか。胃カメラでがんの組織が見つかったので切除する、という話は明快でわかりやすいですよね。でもリウマチは違います。たとえば、関節の痛みがある場合、それがリウマチによる痛みなのか他の疾患によるものかは慎重に見極める必要があります。関節が腫れているかどうかも、熟練した医師でないと正しく評価できません。また血液検査の結果、リウマトイド因子が陽性でもリウマチとは限りませんし、炎症の数値が高いのにほかの症状が見当たらないという場合もあります。このように、リウマチ・膠原病は、問診・診察・画像・組織で得られた知見すべてを駆使して総合して診断しなければなりません。その、“曖昧さ”、あるいは“柔軟さ”を面白いと感じる人は、きっと向いているはずです。」
そしてもう一つ大切なのが、「長期間、患者さんを全人的に診る覚悟」だといいます。
「リウマチは慢性疾患ですから、長期にわたって患者さんを診ていくことになります。治療がうまくいって患者さんが喜んでくれるのは臨床医にとって何より嬉しいものですが、順調にいかない時も少しでもベターな状況に持っていけるよう、患者さんに寄り添い相談しながら治療を進めていくことが大切です。」
また関節リウマチは、肺や消化器、血管、眼など全身のさまざまな臓器を障害し、アレルギーやがん、流産などにも関連します。「大学や病院によっては、臓器ごとにそれぞれの専門科に任せているところもあるようですが、私たちは『リウマチ・膠原病によって悪くなっている臓器はすべてうちの科で診る』というスタンスで取り組んでいます。全人的に患者さんを診ることに誇りや喜びを感じる人には、とてもやりがいのある科だと思います。」
医師・研究者として25年以上のキャリアを重ねてきた金子教授が、いまの若い世代に望むことは。
「慶應の中に小さく収まらないでほしい、ということですね。日々の臨床でも喜びややりがいはとても大きいですが、それだけで満足することなく、常に世界に目を向けて、たとえば未解明の領域は自分たちが一番に解き明かすのだ、必要なエビデンスは自分たちが発信するのだという気概を持って、チャレンジしてほしいと思います。」
リウマチ・膠原病内科のメンバーにその意識は浸透しているようで、筆頭および共著の論文業績は123本(2021年)、海外学会でも積極的にプレゼンテーションを行うなど、研究成果を世界に向けてアウトプットしています。また現在、5人の医局員がハーバード大学やケンブリッジ大学、カロリンスカ医科大学などで研究に励んでいるそうです。
「うちは大きい研究室ではないので、そんなに海外に送り出しちゃって大学の中は回るの?と周囲から心配されています(笑)。ただ、最先端の場で研鑽を積みたい、世界で勝負したいという意気込みは素晴らしいなと思うので、できる限り尊重して送り出すようにしています。それに、価値観や文化の違う環境に身をおき研究するという経験そのものが、必ず人としての成長につながるはずですから。いまうちにいる医局員も、ほとんど全員が留学を希望しています。」
リウマチ・膠原病内科のポジティブで明るい雰囲気は、金子教授自身の力にもなっているようです。
「研究も臨床も、ある意味では挫折の連続のようなものですから、うまくいかない時にガクッと落ち込んでしまうこともあります。そんな時、やはり仲間の存在は大きいですね。チーム医療やチーム研究というのは、スポーツの“団体戦”みたいなもので、一人が負けてもみんなでまた次頑張っていこう、と思えるんです。高い志を持ち、切磋琢磨しながら頑張っているメンバーばかりなので頼もしいです。とても期待しています。」
最後に、慶應を目指す人にメッセージをいただきました。
「慶應の医学部では伝統的に、基礎臨床一体型の医学・医療の実現を掲げ、研究能力を備えた臨床医『フィジシャン・サイエンティスト』を育成することを目指しています。実際、患者さんから得た知見が研究のヒントになることはよくありますし、研究で解明したことはすべて患者さんに還元しようという思いで取り組んでいます。臨床と研究のどちらも “欲張って” 取り組めること、さらに、看護医療学部や薬学部などと連携しながら学べることも、慶應ならではの良さだと思います。」
女性の医師・研究者として、後輩にもあたたかいエールを送ります。
「女性は出産・育児などでキャリアに空白期間ができることもあるでしょうし、育児や家事の負担が重くなりがちなのも現実でしょう。仕事も家庭も完璧にやらなければ、などと思わずに、時には上手に手を抜き、時には周囲の助けを素直に借りてほしい。子育て世代の女性に限らずどんな人にもいえますが、120%の力で走り続けることなんて無理ですから、『サステナブルに頑張る』ということが大事だと思いますね。」
さらに、医師としての生き方にはさまざまな選択肢がある、とも。
「しばらく育児に専念した後に再び医学の道に戻ってくることも大歓迎しますし、クリニックや製薬企業などで活躍する道もあります。皆さんが希望するそれぞれの人生を歩んでいけるよう、若い先生方をできる限りサポートしていけたらと思っています。一緒に頑張っていきましょう。」
金子 祐子(かねこ ゆうこ)
1997年、慶應義塾大学医学部卒業。2004年、同学部内科学教室(リウマチ・膠原病)入局。2006年、医学部クリニカルリサーチセンター(現・臨床研究推進センター)特別研究助教に。1年間のオックスフォード大学留学を経て、2018年、内科学教室(リウマチ・膠原病)准教授。2021年から現職。近著に『リウマチ・膠原病診療 ゴールデンハンドブック』(共著)。
※所属・職名等は取材時のものです。