慶應義塾大学医学部の
新型コロナウイルスに関する研究

学部長挨拶

基礎・臨床一家族のごとく -慶應ドンネルプロジェクト-

新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の世界的な感染拡大が続いている中、COVID-19に対して、感染・免疫・炎症に関する研究を加速し、⼈材を育成することを目的として、北里柴三郎の愛称「ドンネル(雷)先生」を冠した慶應ドンネルプロジェクトが2020年4月2日に立ち上げられました。

およそ130年前の1894年には、ペストがアジアで大流行をしていました。当時、ペストは、原因菌も治療法も確立しておらず、致死率も9割を越えていました。流行地香港で、調査隊北里一行は、8畳ほどの部屋で、昼夜を問わず、死体を解剖し、菌の同定を試みていました。調査隊から複数名の感染者が発生し、死亡者も出現しました。しかし、北里は、劣悪な研究環境の中で、ペスト菌を世界に先駆けて発見しました。
北里柴三郎の遺伝子は、今でも脈々と慶應義塾に受け継がれており、COVID-19に対して、国際共同研究も含め、数多くのプロジェクトが医学部・病院を有する信濃町キャンパスにおいて展開されています。重症度マーカー探索、後遺症研究、ウイルスおよびヒトゲノム解析、疫学解析、抗体診断薬開発、中和活性を持つモノクローナル抗体単離など、基礎医学教室、臨床医学教室が「一家族のごとく」一体となり、日夜研究活動を推進しています。
私たちは決して一人ではありません。苦楽を共にする仲間がいて、襷をつなぐ次世代がいます。この長い試練の先には、COVID-19は必ず克服され、違った太陽の光のもと、明るい未来があることを確信しています。

慶應義塾大学医学部長
慶應ドンネルプロジェクト研究責任者
金井隆典

ドンネルプロジェクト実務責任者挨拶

2020年3月末、COVID-19の拡大に伴い、慶應義塾大学病院の医療スタッフはリスクの高い状況下で、黙々と患者さんに対する治療を続けていました。他の国々で医療崩壊が報じられ、わが国にもその危機が迫る中で、普段は直接臨床に携わらず基礎研究や研究支援を行っている研究者や教職員が、同じ信濃町で仕事をしている同僚たちに何か貢献できないかと考え、「基礎研究者バックアップ医療チーム」が自然発生的に立ち上がりました。

この未曾有の危機に一丸となって立ち向かおうと考えている人は多く、ボランティアによるチーム登録は数日で100名を超えました。このバックアップチームが出来たことでCOVID-19の病態解明、診断そして治療を推進する研究グループを生み出そうという機運が生まれました。医学部長のリーダーシップの元、第1回のCOVID-19研究チーム会議が4月2日に開催され、中和抗体の検出、感染経路に関する疫学解析、新型コロナウイルスのゲノム配列決定、唾液を用いたPCR、血漿治療・中和抗体治療の開発、治験・臨床研究など基礎から臨床に及ぶ様々な研究が始動し、これらはドンネルプロジェクトと命名されました。職種を越えてCOVID-19撲滅を目指すドンネルプロジェクトチームのウェブ会議は2021年2月の時点で既に19回を重ね、さまざまな研究成果が今まさに生み出されてきています。皆さまの温かいご支援をよろしくお願い申し上げます。

慶應ドンネルプロジェクト実務責任者
慶應義塾大学病院副院長
佐谷秀行

ドンネルプロジェクトとは?

「慶應ドンネルプロジェクト」は2020年3月末のCOVID-19の感染拡大を契機に、新型コロナウイルスに立ち向かう研究を推進するために信濃町キャンパスで始動しました。「慶應ドンネルプロジェクト」は、伝染病の予防と治療に貢献した初代医学部長・病院長だった北里柴三郎の原点に立ち返り、新興感染症であるCOVID-19の病態解明、診断、治療法の開発などにチームとして取り組もうという決意をこめた天谷雅行医学部長(ドンネルプロジェクト研究責任者)による命名です。ドンネル(Donner)とはドイツ語で雷の意味で、北里柴三郎先生を門下生が畏敬の念をもって「ドンネル(雷親父)先生」と呼んだことに由来します。ドンネルプロジェクト研究チームのWeb会議には、基礎と臨床の研究者が定期的に集まり、最新の研究計画や進行中の研究データを共有した上で議論を交わしています。臨床研究推進センターの佐谷秀行センター長(ドンネルプロジェクト実務責任者)が座長を務め、各研究者が発表を終えるたびに質疑応答や意見交換が白熱します。学内研究者であれば誰でも参加することができるオープンな会議は、COVID-19研究の推進力です。

ウイルスに対する中和抗体や細胞性免疫を検出・解析する「免疫関連プロジェクト」、RT-qPCR法や抗原検出による「ウイルス検出プロジェクト」、発症動向や感染経路、COVID-19患者のデータベース構築や解析を担う「疫学解析・レジストリ構築プロジェクト」、SARS-CoV-2の変異を追跡する「ウイルスゲノム解析プロジェクト」、腸内細菌や中枢神経障害、血清バイオマーカーなど多様な視点から症状の重症化に関連する因子を同定する「重症度指標開発プロジェクト」、さらに血漿治療やさまざまな薬剤の治験などを含む「治療・ツール開発プロジェクト」など、幅広いプロジェクトが稼働しています(図参照)。理化学研究所や国立感染症研究所などの学外研究機関や企業との連携も活発に行われています。臨床研究に必要な倫理的な手続きも「ドンネルプロジェクト」として承認されており、高い倫理性を前提とした研究が行われています。

“Keio Donner project (Team)“は、学術論文の著者名としても登場しています。厳密な意味での「著者」に加えて、多くの仲間が「ドンネルプロジェクト研究チーム」の一員として、プロジェクトの原動力になっているということの表明です。このような活動を学内で広報する「ドンネルプロジェクト広報チーム」も存在します。2020年4月より、Donner Newsとして毎週木曜日(Donnerstag)に日本語と英語の両方で学内に向けて発信してきました。その時々の慶應ドンネルプロジェクト会議で共有された計画やデータなどが時にグローバルな知見と交えて紹介されており、アーカイブとして蓄積し、その地道な活動は学外向けの広報にもつながっています。

「慶應ドンネルプロジェクト」が船出してからもう少しで一年になります。COVID-19の収束を目標に、「基礎臨床一体型」という慶應医学への原点回帰により実学的成果を生み出し社会に還元していくことが、「慶應ドンネルプロジェクト」に与えられたミッションです。(ドンネルP広報チーム:エッフェンディ カトリーヌ、大場純奈、大村光代、林周宏、廣田ゆき、松尾光一)

抗体検査
PCR検査
研究の様子
研究機器

慶應ドンネルプロジェクトニュース