2021/12/23
病院内での臨床実習の中断など、医学部でも困難な状況が続いたコロナ禍において、「自分たちにできることを」と前向きな活動を続けた学生たちがいます。2019年末に発足した、慶應義塾大学医学部スチューデント・アンバサダー(Keio University School of Medicine Student Ambassador: KSAM)です。国内外の賓客対応なども取り止めになるなか、医学部代表としての使命感を胸に、どのような活動に取り組んできたのか。4〜6年生の男女計12人が所属するKSAMメンバーを代表し、佐藤正幸君(6年・前共同代表)、高綱馨君(5年)、大屋健成君(4年)、山本樹君(4年)に話を聞きました。
── 2021年6月から実施された慶應義塾大学での職域接種に先立ち、「新型コロナウイルス 大学生向けワクチン情報サイト」を開設しましたね。
佐藤:大学での職域接種は、首都圏の大規模大学の中で慶應義塾大学がいち早く名乗りを上げました。ただし、どのくらいの学生が接種を希望するかは未知数でした。もともと日本では、HPV(ヒトパピローマウイルス)ワクチンの例のように副反応・副作用への不安感が強く、ワクチンの接種率が先進諸国に比べて低い現状があります。そこで、慶應医学部の執行部の先生方から、学生が不安なくワクチン接種を選択できる方法を考えてほしいとKSAMに要請がありました。
ワクチン接種にどのようなリスクとベネフィットがあるのか、学生一人ひとりが理解し、考えたうえで接種するかを決めてほしい──。これが私たちの考えでした。そのことが結果として接種率を上げることにつながると思ったのです。そのために、誰もがアクセスできる場で正確な情報を届けようと「ワクチン情報サイト」プロジェクトが発足しました。
また、私たち医学部生は1月に先行接種した経験上、年配の方々と比べて20代の方が副反応が強いことを感じていました。またその後の報告や論文でも、年代によって副反応が異なることが明らかになりつつありました。厚生労働省のサイトなど一般向けの情報は存在していましたが、こういった若者に特化した情報を伝えたり、ワクチンの原理をきちんと知りたい学生向けに詳しく説明したりすることは有意義だと思いました。
── 「ワクチン情報サイト」の制作で苦労した点、心がけた点はどんなことですか。
佐藤:まず大変だったのは、スケジュールです。先生からお話をいただいたのが6月3日ですが、ワクチン接種の予約開始日は6月16日に迫っていました。なんとしてもこの日までにと急ピッチで仕事を進め、KSAMメンバーの5・6年生3人ずつと、4年生1人で分担して執筆。感染症専門医の監修を経て、6月14日にサイトのオープンにこぎ着けました。
高綱:難しかったのは、読み手の知識を考慮して情報を伝えることです。例えば、文系の学生に「RNAワクチン」といって伝わるか、それとも解説をつけるべきか等々。高校の生物の教科書で確認したり監修の先生と相談したりしながら、科学的根拠に基づく情報を分かりやすく書くことを心がけました。
佐藤:それから全体を通して、中立の立場で制作することに努めました。KSAMメンバーの中でもワクチンに対する意見はさまざまあったので、接種しないという判断をした人が不利益を被ることがないよう、慎重に進めました。サイトのトップページに「ワクチンを接種するかどうかの判断は個人に委ねられ、強制されるものではありません」と記したのは、そんな思いからです。
── サイト開設後、どのような反響がありましたか。
佐藤:6月14日にサイト開設、16日から予約開始、21日から接種スタートという流れでしたが、特に予約開始から接種までの期間に非常に多くのアクセスがありました。その後、2回目の接種時もアクセス数が伸びていましたので、信頼できる情報として活用してもらえたのかなと思います。ユニークユーザー数は約1万に上りました。
結果的に、慶應義塾大学では約8割の学生がワクチンを接種しました。COVID-19の場合、約8割の人が免疫を持っていると集団免疫を得られるという研究結果がありますので、目指していた数値に到達できたといえます。実際、第4波までは塾内でも感染者の波がありましたが、7月以降の第5波は確認されませんでした。やはりワクチンの効果は大きかったと感じますし、その接種率の向上にKSAMが少しでも貢献できたならうれしく思います。
── 2020年は、「医療系学生の感染予防指針」を作成していますね。経緯を教えてください。
佐藤:COVID-19が市中で広がり始めた2020年4月ごろ、慶應義塾大学病院をはじめ複数の医療機関で院内感染が発生しました。未曾有の事態に病院の診療機能は縮小、医学生の臨床実習はもちろん延期されました。
高綱:当時、「これから医学教育はどうなってしまうんだろう」という気持ちになったことを覚えています。医学生が適切な教育を受けられない状況は、質・量ともに医師供給の危機につながります。また、いずれ医師として臨床に出る医学生が、COVID-19の正しい防御策を学んでおくことは重要だと思いました。
佐藤:医療現場の安全を守りつつ、臨床実習などの教育研究活動の再開を目指す──。そのために自分たちがすべきことは、自ら正しい感染予防策を学び、身につけること、そしてそれを示すことだと思いました。ただしこの時点で、治療にあたる医療従事者向けの資料や一般市民向けの感染予防対策はあったものの、医療系学生特有のリスクや状況を加味した実践的なマニュアルは存在しませんでした。
そこで、KSAMをはじめとする慶應医学部生有志が、感染症専門医の監修のもと、マニュアルの作成を開始。[病原体・臨床像][医療系学生の感染予防の基本][COVID-19の感染予防と臨床実習の運営に関する基本原則][院外におけるCOVID-19予防策][実習開始前COVID-19予防チェックリスト]という構成で、2020年4月、「医学生の感染予防指針」(翌5月に「医療系学生の感染予防指針」と改訂)としてまとめ、WEB上で公開しました。
高綱:先が見えない当時の状況下で、この指針は病院実習の再開に向けた一つのロードマップになったと思っています。僕自身は2021年1月から病院実習に入っていますが、こうして無事に実習が再開できたことは、医学部全体にとって本当によかったと思っています。
── 「感染予防指針」は、慶應義塾以外でもずいぶん活用されたそうですね。
佐藤:はい。当初から、慶應義塾内だけでなく日本中で役立ててほしいと思っていましたので、指針の冒頭には「自由に改変・掲載可能なクリエイティブコモンズとする」と明記しました。KSAMの活動を指導してくださっている門川俊明先生のご尽力もあり、この感染予防指針は、全国の医学生、医学部教職員、看護学部や薬学部、社会福祉学部、研修病院など、幅広い方々に活用していただきました。メールやSNSでも感謝の声をいただいたほか、他大学の友人からも使っているという話を聞きました。
── 感染予防指針をもとに、全塾生向けに内容を改変したのが、WEBサイト「塾生 新型コロナウイルス対策のすゝめ」ですね。
佐藤:全塾協議会の方から「塾生全体に向けて、COVID-19の基本的な知識や普段の感染対策を教えてほしい」という話があり、作成することになりました。執筆はKSAMが、サイト制作はSFCなど医学部以外の学生が担当するという形で実現しました。
こうした一連の活動を評価していただき、KSAMメンバーを含む医学部有志学生が、2020年度の塾長賞を受賞しました。「医学生として何かしたい」という思いで始めた行動が色々な方の役に立てたこと、そして慶應義塾に認められたことはとてもうれしく光栄に思います。
── コロナ禍でKSAMに加入した4年生は、思い描いていた活動とはかなり違うかたちになったのでは。
山本:そうですね。国内外から慶應に来られる研究者などのご案内等で貢献したいという思いで加入したので、それがかなわないことは正直、残念ではありました。ただ昨年、先輩方が作った「感染予防指針」がさまざまな場で活用されているのを見て、KSAMの影響力や可能性を身をもって感じました。「ワクチン情報サイト」のように、コロナ禍でなければ取り組むことのなかったプロジェクトに関われたことも、今ではプラスに捉えています。
大屋:僕も残念な気持ちはもちろんありましたが、気持ちを切り替えて活動してきました。特に「ワクチン情報サイト」のように、医学部以外の人に向けて情報発信をする経験は貴重でした。自分たちとは違う視点、意識、知識をもつ人たちにものを伝える能力が、以前よりは身についた気がします。これは医師として臨床の場に出る際も、患者さんの目線に立って接するという点で非常に大事な部分だと思いますので、今後も大事にしていきたいと思います。
── KSAMでは、慶應医学賞の受賞者にインタビューもされていますね。
佐藤:慶應医学賞を受賞された研究者の方々に、一昨年からお話を聞かせていただいています。ただ、大変な功績を残されている方ばかりなので、すでにインタビュー記事や動画は世の中に多々あります。私たちがインタビューをする意味を考え、「学生時代にどんなことを考え、どういうキャリアを経て今に至ったのか」という部分にフォーカスしてお話を聞くようにしています。
今は“雲の上の存在”のような方々にも、かつては私たちと同じ大学生だった時代があって、色々な失敗も重ねながら、今日の場所にたどり着いた。そんなお話を伺っていると本当に力や勇気をもらいます。インタビュー動画はYouTubeで公開しているので、ぜひ多くの方にご覧いただきたいです。
── お話のなかで特に印象に残ったエピソードを教えてください。
高綱:僕がインタビューをさせていただいた2020年の受賞者のお一人が、慶應医学部の卒業生で分子イメージングの技術を開発された宮脇敦史先生です。医学部を出てなぜその分野に進まれたのか伺ったところ、「学生時代は北里記念医学図書館にこもって、工学・生物学・物理学など分野を問わず、一流の書籍・雑誌を読みあさっていた。その時に偶然知った光生物学に興味を持ち、ずっと研究を続けていた」と教えてくださいました。先生の研究の原点となったエピソードに胸が熱くなりました。
また、同じく2020年の受賞者のAviv Regev先生は、一細胞レベルで遺伝子発現など細胞の状態を詳細に解析するシングルセル解析技術を開発されました。学生との交流の場では、「ワークライフバランスをどう保っているか」という学部生からの質問にも気さくに応じ、〝Follow your heart, Follow your compass〟という言葉をくださいました。自分のしたいことを自分の思うように追求することが幸せになるということ。そのために最善を尽くしなさいね、と。とても心に響く言葉でした。
── 医学部のさまざまな情報を紹介するコラムも人気だそうですね。
高綱:慶應医学部新聞に毎月、信濃町キャンパスのトリビアを紹介する「教えて!アンバサダー」というコラムを掲載しています。例えば、キャンパスの北東にある小さな通用門について。ここは神経生理学の故・加藤元一名誉教授が「研究室(現在のJKiC棟の位置)から門まで遠い。1分1秒でも研究の時間がほしいから通用門を」と希望されて作られた門である、等々。私たちも調べるまで知らなかったことばかりです。
大屋:普段気に留めていなかったことに意外なストーリーがあったりして、作っていても面白いです。僕はこの前、信濃町キャンパス周辺のキッチンカーや弁当屋のマップを紹介しました。コロナ禍で個食をせざるをえない状況でも、皆さんの昼休みの楽しみが少しでも増えたらうれしいですね。
── 今年は、さらに新たなインタビュー企画も始めたとか。
高綱:医学部の先生方の青春時代を当時の写真とともに紹介する「私の青写真」という連載企画を始めました。学外はもちろん学内にも、慶應の先生の素晴らしさをあらためて知ってもらえたらと思っています。整形外科の中村雅也先生、呼吸器内科の正木克宜先生に続き、今後も小児科新生児集中治療室の有光威志先生、データサイエンティストの宮田裕章先生と、続々公開予定です。
KSAMは医学部の良さを広めていくという立場なのですが、こうして色々なかたちでお話を伺っていると、自分自身の愛校心が深まっていくのを感じます。多くの方に読んでいただき、何かが伝わればと思います。
── これからのKSAMを担っていく4年生は、新たに取り組みたいことや今後のビジョンはありますか。また、6年生の佐藤さんから次の代へのエールもお願いします。
山本:COVID-19が収束したらやってみたいことは色々あります。その一つが、慶應医学部を塾内の下の世代にもっとアピールすること。僕は慶應義塾高校出身ですが、塾高での進学説明会には各学部の先生方が来てくださいました。今後、医学部からはKSAMも一緒に出向いて話をすれば、高校生も質問しやすいでしょうし、部活の話などもより近い目線で伝えられるはず。医学部を志望する内部生が増えればうれしいですし、そうやって魅力を伝えていくことが、幼稚舎から慶應で育ってきた自分にできる恩返しだと思っています。
大屋:今後KSAMがすべきことは、まずは慶應内での認知度をさらに上げて、より影響力を持てる組織になることだと思います。そしていずれは、他大学の医学部とも連携し、より広い視野で大きなプロジェクトに着手できる体制を作りたいと考えています。またゆくゆくは、海外の医学部との連携にも発展させていけたら……という野心も持っています。
佐藤:KSAMは、医学部の“顔”になること、そして大学と学生の“架け橋”になることを目的に発足しました。コロナ禍で活動はかなり制限されましたが、そんな中でも、大学側と丁寧に意思疎通を図り、その時やるべきことを迅速に実行できたと思います。山本君や大屋君ら次の世代も、前例にとらわれることなく、自分たちの頭でやるべきことを考え、パッションをもって取り組んでほしいと願っています。そしてそんな姿を見て、KSAMで活動したいという後輩がさらに増えてくれたらと期待しています。