牧野浩史教授の研究テーマを一言で表現すると「知」。ヒトや動物が意思決定をするときに脳内でどのようなことが起こっているのか、マウスやAIを用いて明らかにしようとしています。
「私たちの研究では、課題に取り組んでいるときのマウスの脳の神経活動を、カルシウムイメージング、電気生理学、光遺伝学などの手法を用いて記録します。例えば、マウスが課題を学習するとき、脳内でどのような変化が起こっているのかを調べます」
ヒトの脳には約860億個、マウスでも約7100万個の神経細胞(ニューロン)があるため、特定の神経活動を捉えるのは容易ではありません。そこで牧野教授は、AIを使って神経活動の理論モデルを構築。マウスの脳とAIの仮想脳の神経細胞を比較する研究を行ってきました。
「私たちの研究は、神経科学とAIを融合した分野横断的領域です。AIの中でも、強化学習にディープラーニングを組み合わせた“深層強化学習”という手法を使います。深層強化学習は他の機械学習のように学習データを用意する必要がなく、AIが自らデータを集めて学習します。もともと心理学から発展した手法なので、神経科学との親和性が高いことはわかっていましたが、私のようにマウスの脳の神経細胞とリンクさせて比較している研究者はいませんでした。今はかなり普及した研究手法ですが、この領域について私たちは先駆的な仕事をしたのではないかと思います。」
子どもの頃から脳科学に興味を持ち、高校卒業後すぐに英国スコットランドの大学に進学。ニューロサイエンティストとして研究実績を積んできた牧野教授ですが、AIについてはゼロから独学で学んだそうです。アメリカの大学で博士研究員をしていた2015年、DeepMind社が行った深層強化学習に関する論文を目にし、自分でもやってみたいと思ったのがきっかけでした。
「まったくの独学ですが、コンピュータさえあれば誰でも勉強できるのが情報科学のいいところです。教材もオンラインで手に入りますし、やる気と英語力があればすぐに勉強できます。一方の神経科学を研究するには実験などが必要で、情報科学の研究者が後から神経科学を修得するのは大変です。私のような研究の進め方で良かったと思います」