産婦人科医として2年目、山上教授は「若年性子宮体がんを研究してみないか」と勧められます。子宮体がんは50〜60代に多い疾患で、40歳未満の罹患は5%程度とされる希少がんです。標準治療は子宮と卵巣の摘出ですが、若年患者の場合、それは妊娠の可能性を失うことを意味します。そこで注目されていたのが、臓器を残しつつがんを治療する「妊孕性温存療法」だったのです。
食生活の欧米化や晩婚・晩産化の影響もあり、若年性子宮体がんは増加傾向にありますが、症例数は依然として限られ、扱う医師は多くありません。あまり注目されない分野になぜ山上教授は注力したのでしょうか。
その問いに、山上教授は
「がん治療の目的は、一つには生存率を高めることですが、それだけで患者さんは幸せになれるのでしょうか」と逆に問いかけます。
患者にはそれぞれの希望があり、長生きだけが唯一の価値ではありません。妊娠の可能性を残したい人もいれば、生活の質(QOL)を大切にしたい人もいます。
そのため、山上教授が取り組んでいるのが、がん治療の低侵襲化です。低侵襲化とは患者さんへの体の負担を極力小さく抑える治療法のことです。代表的なものは、腹腔鏡やロボットを用いた鏡視下手術です。開腹手術に比べて患者さんの身体的負担を大きく減らし術後の回復を早める効果があります。
しかし、山上教授が考える低侵襲化はそれだけにとどまりません。先に述べた妊孕性温存療法もそうですし、センチネルリンパ節生検(不要な広範囲リンパ節の切除を避け、浮腫などの後遺症を防ぐ)や、がんサバイバーへの術後ケアも含まれる広範囲なものです。