2016/06/22
眼科学教室の坪田一男教授は、オープンな研究室を目指し、海外からも多くの留学生を受け入れています。医学医療分野の国際化が必須となっている今、どのような考えで国際化を推進しているのでしょうか。
#1:国際化は医学発展のための必須条件
Q.国際化に力を入れるきっかけとは?
坪田教授:今から30年前、私が特別研究員としてハーバード大学に在籍した際、これまでにないアカデミックな刺激を受け、とても興奮しました。その時、自分が教える立場になったら、ハーバードと同じレベルの高い教育をしたいと考えました。ハーバードは世界の中心です。慶應は最低でもアジアの中心であるべきだ。でも、もう世界の中心を目指さなければなりませんね。私にはそんな夢があり、その夢が叶いつつあります。
Q.今、何名くらいの留学生が在籍していますか?
坪田教授:3名の博士課程(PhD)の学生と、トルコからの医師が1人(2016年3月時点)。彼は10年前に日本に来てから、この国に留まることを決め、日本の医師免許を取得しました。今、彼の後に続いて日本の医師免許を取得した医師がもう1人、医師免許取得を目指している留学生が3人います。また、イリノイ大学との交換留学プログラム「KIEPO」も実施しています。2年目のレジデントは、イリノイ大学に2週間ほど留学します。同じように、イリノイ大学の2年目のレジデントも、日本に2週間滞在します。交換留学です。アメリカの教育に触れることができると同時に、英語を学ぶ最高の機会でもあります。慶應義塾大学大学院医学研究科では、授業は全て英語で行われています。
Q.眼科という世界で、インターナショナルにならなければならない理由とは?
坪田教授:国際化はもはや選択肢ではありません。マスト、必須なのです。例えば、リサーチでも英語で論文を書くのはマストです。いい論文をクオリティの高いジャーナルに書くのはマストです。競争は国内ではなく、世界がフィールドで、グローバルな感覚を持つべきです。教育も同様の視点が必要です。世界に開かれていなければ、生き残れないのです。東京を日本の中心と考えていては、生き残れません。東京はアジアの中心と考えるべきです。このコンセプトはとても大切です。
Q.留学を考えている人へのメッセージをお願いします。
坪田教授:たくさんのレジテンス・フェローが海外に行っています。海外での経験を積みたい方は、私たちのチームに来て下さい。私たちの学部にいる学生たちにとって、海外での経験はほとんどルーティンです。私は講談社ブルーバックスから『理系のための研究生活ガイド』という本を出版しています。17刷りのベストセラー(笑)。その中に、留学の方法について詳しく解説しています。ぜひ参考にしてください!
#2:留学生がみる慶應義塾大学医学部
Q.今度は学生の方に質問です。リュウ インさん(医学研究科博士課程4年目(2016年3月時)、中国出身)にお聞きします。
リュウさん:私は中国のハルピン市から来ました。父が慶應義塾大学でリサーチをしていたので、留学前からこの大学のことは知っていました。海外留学をしたいと父に相談したとき、父が慶應義塾大学は日本の中でもトップクラスの大学だと教えてくれました。それが慶應に留学を決めた理由です。
それだけでなく、私は眼表面とドライアイについてとても興味がありました。私は中国で2年間医師として働いていましたが、当時、重度のドライアイに有効な治療法がありませんでした。ここの眼科学教室ではドライアイの研究が非常に進んでいて、それも慶應義塾大学を選ぶ理由になりました。
Q.毎日の生活はどのようなものか教えてください?
リュウさん:私は今、博士課程(PhD)の4年目で、卒業のためのプレゼンテーションの準備をしています。使用言語は英語です。1年目、2年目はリサーチ中心でした。坪田先生は、海外でのカンファレンスに参加して他のリサーチャーたちと交流することを推奨して下さいます。
私自身、来日した最初の2年間、ひどいドライアイに苦しんでいました。その時、坪田先生の、運動がドライアイを改善するという仮説に従って、自分も運動を始めてみました。これがすごく効果がありました。今はもう目薬を使っていません。重症のドライアイだと5秒以上目を開けてられないのですが、私は3秒も開けてられませんでした。お化粧が崩れてひどいものでした。でも、今は大丈夫です。坪田先生の仮説は正しいと思います。ドライアイと運動について、リサーチしているチームもいます。私は中国舞踊を始めました。たくさんの中国人や日本人が、健康のためにダンスを習っています。他の生徒さんに聞いてみたのですが、ダンスの後はドライアイが良くなり、ストレスが解消されてハッピーな気分になるとのことでした。またこれも坪田先生の仮説なのですが、ゴキゲンな気持ちはドライアイの治療になるかもしれないのです。ちなみに太極拳などもいいみたいですね。これからそんなことも研究したいと思っています。
Q.なぜ日本の医師免許を取得したいと思っているのですか?
リュウさん:日本の医学制度はとても素晴らしいと思います。最先端の技術が取り入れられているうえに、医師と患者の関係も良好です。ですから日本で最高の技術を学び、臨床を中国と日本の両方でできたらと考え、医師免許取得を目指しています。
Q.続いて、ジャン シャオイエンさん(医学研究科博士課程1年目(2016年4月現在)、中国出身)。中国のご出身ですが、中国では大学を卒業されましたか?
ジャンさん:はい、私は南部にある医大を卒業したのですが、まだ学生をしていたかったのです(笑)。それは冗談として、すぐに仕事に就くよりも、リサーチに興味があったのです。新しい環境が必要なことも感じていました。インターネットで日本の医師たちのページを見ていたところ、坪田先生の研究がとても興味深く、メールをしたらすぐに返事がきました。スカイプで面接することになり、慶應への入学が決まり、近視の研究ができることになりました。この研究テーマは最新のテーマで、研究成果は日々進歩しているため、とても興奮しています。中国では10代の90%以上が近視なので、いつか近視を治す方法を見つけ、たくさんの人を助けたいと思っています。また、慶應の眼科学教室では臨床も充実していて、研究と臨床が一体となっている点も大きな魅力の1つです。
坪田教授:近視は日本でも大きな問題です。高校生の80%が近視です。デンマークでは非常に少ない。国によってなぜ差異が出るのかリサーチが進められています。
Q.ジャンさんは他の学校にも願書は出しましたか?
ジャンさん:はい。でも慶應義塾大学を選びました。なぜなら、僕は近視の研究がしたかったからです。近視の最先端の研究はここでしかできなかったからです。慶應義塾大学のWebサイトに掲載されていた論文を読んだのですが、なんというかとても……面白かった(笑)。坪田先生は他の先生ととても違います。毎日エネルギッシュなのです。
Q.ジャンさんの毎日の生活について教えてください
ジャンさん:大学に朝9時に来て、夜の9時に家に帰ります。やることは沢山ありますが、とても楽しんでいます。いつも新しい発見があるし、新しい実験の結果が出てくる。この実験からこんな結果が出ましたと、教授やチューターに報告したり、次の実験からこんな結論が導き出せるのではないかと考えたりすると、とても興奮します。毎日が新しく、明日何が起こるか待ち切れない気持ちなのです。
Q.休日はどのように過ごしていますか?
ジャンさん:土曜日は日本の医師免許取得のために勉強をしています。日曜日は、月曜日のミーティングの準備をします。月曜日の朝、とても長いミーティングがあるのです。そこで先週の研究の成果を発表して、今週やるべきことを決定します。
Q.次はブ ホアン ビエト チさん(医学研究科博士課程1年目(2016年3月時点)、ベトナム出身)に聞きましょう。なぜ慶應義塾大学を選びましたか?
ブさん:留学するまで慶應義塾大学のことを知りませんでした。他の大学に行くオプションもありましたが、私の故郷ベトナムに近いこともあり、日本を選びました。また、日本に知り合いがいて、眼科学を学ぶにあたり、どの大学を選ぶべきか相談したところ、慶應義塾大学がベストなのではとアドバイスをもらいました。それから、慶應義塾大学のことを調べ始めました。日本人は保守的で働き者が多いということで知られているので、私にとってはハードルが高いような気がしていましたが、入学前に坪田先生とカンファレンスでお目にかかる機会があり、坪田先生のインターナショナルな考え方に触れ、彼のいる教室を選べばそんなハードルは存在しないのではないかと思いました。また、これはとても重要な理由なのですが、私の興味はドライアイにあります。慶應義塾大学はドライアイの研究の世界的な権威です。日本だけではなくアジア全体でも一番だと言ってもいいでしょう。
Q.日本での生活はどうですか?
ブさん:まだ日本語がしゃべれないので、最初は大変でした。勉強だけではなく、日常生活も苦労しました。でも時間が経つにつれ、慣れてきています。日本の方たちはとても辛抱強く、親切です。あまりよくコミュニケーションが取れませんが、ちゃんと待ってくれて、助けてくれます。
Q.医学部は部活動も盛んですが、大学院ではどうですか。
ブさん:大学院では部活動はありません。生徒たちはダンスをしたり、個人的に活動しています。様々なセミナーがあるので、そこで違ったリサーチに従事する生徒と交流できます。
#3:デンマークからの短期留学生が感じた慶應義塾とは
Q.デンマークから短期留学で来日されたスヴェイネ ピーター フレデリクセンさん、
フリス ニコライ ユリクさん(デンマーク出身)にも聞いてみたいと思います。
ピーターさん:私たちはコペンハーゲン大学の医学生です。私たちの学校ではマスター取得の間に、海外で勉強する機会が与えられます。ニコライと僕はずっと日本に興味があったので、日本を選びました。実は、以前日本に住んでいたことがあったので、慶應義塾大学のことはインターナショナルな大学として知っていました。そのため、日本に行くことを考えはじめた時、すぐに慶應義塾大学のWebサイトをチェックしました。海外のことを理解しようとする、オープンでインターナショナルな姿勢を感じ、日本とその周辺の国々との橋を架けようとしている教育機関だということをすぐに理解しました。それこそ、まさに僕たちが求めていたものなのです。また、僕たちには日本語スキルがまったくないので、インターナショナルな環境であることはとても大切でした。
Webサイトは、海外留学生にとって、情報が豊富で参考になりました。とてもよく書かれているし、出願の方法も分かりやすく説明されています。とても簡単に交換留学プログラムに申し込みできました。しかし、交換留学とはいいませんね。日本人の生徒は誰もコペンハーゲンに来ません(笑)。 私たちの大学は留学のサポートをしてくれないので、すべて自分たちで手続きを済ませました。
ニコライさん:一方で、慶應義塾大学のスタッフの方たちの対応の良さにはびっくりしました。メールを送ったその日に返答が来ました。とても親切に助けてくれて、滞在するための色々なことをセットアップしてくれました。留学のためにたくさんの書類を用意する必要があったのですが、いつメールをしても必ず24時間以内に返答がありました。そのため、とてもスムーズにアプライができました。慶應義塾大学のことを調べ始めると、世界レベルで見ても大きな存在感を放っている大学だということが分かりました。また、僕たちは冒険好きなので、日本に来たかったのですが、東京をベースにしたいと考えており、その点でも東京の中心に位置する慶應義塾大学を選んで良かったです。
坪田教授:それを聞いて、非常に嬉しいです。昨今、留学生に向けた情報発信にはとても力を入れてきています。昔はとても難しかったので。その他に私たちの医学部のWebページもあり、それぞれの教室もページを持っています。
Q.今、日本に来てどれくらいたちますか?
ピーターさん:まだ 3週間ぐらいです。この教室には今のところ2週間います。この学部に1ヶ月お世話になった後は、皮膚科に行き、それから耳鼻科に行きます。コペンハーゲン大学のカリキュラムで学ばなければならないことをカバーする内容になっています。なので、日本にいてもきちんと卒業に必要なことを学べています。
Q.日本に戻ってくる可能性もあるかもしれませんね。
ピーターさん:はい。素晴らしい体験をしています。コミュニケーションをとるのが難しいときもありますが、皆さんとても親切で優しいです。
ニコライさん:この学部の特別なところは、多くの医療スタッフやドクターたちが英語をしゃべることです。患者さんが言っていることが分からなくても、先生たちはとても親切に通訳してくれます。若い医師やレジデンスのスタッフも色々助けてくれます。
ピーターさん:日本に来ることで一番不安に思っていたことはやはり言葉でした。もし患者さんとも医師とも会話ができなかったら、全然面白くないからです。でも、本当にいい意味で驚きました。事務局の人も多くの人が英語をしゃべります。
東京というアジアの中心的大都市にある、慶應義塾大学大学院医学研究科には、
眼科学教室のように、グローバルな視点に立った教育環境をもち、エネルギッ
シュに挑戦を続け、世界的な研究成果を出し続けている教室が数多くあります。
興味のある方はぜひ一度、門戸をたたいてみてください。
入学希望のみなさま http://www.med.keio.ac.jp/admissions/
1980年 | 慶應義塾大学医学部卒業 |
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1980年 | 慶應義塾大学医師免許取得、慶應義塾大学医学部研修医 |
1983年 | 国立栃木病院 眼科医長 |
1985年 | 米国ハーバード大学 留学(1987年6月まで) |
1987年 | 国立栃木病院医長 |
1990年 | 東京歯科大学助教授・市川総合病院部長 |
1998年 | 東京歯科大学教授・市川総合病院部長 |
2004年 | 慶應義塾大学医学部 教授 |
2004年 | 東京歯科大学市川総合病院 客員教授 |
2016年 | 慶應義塾大学医学部 眼科学教室 現職 |
現在 | 慶應義塾大学ヘルスサイエンスラボ共同代表、日本抗加齢医学会理事長も兼務 |
主たる研究領域
角膜移植、ドライアイ、屈折矯正手術、再生医学、抗加齢医学
受賞
1988年4月 | 日本眼科医会学術奨励賞 |
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1991年4月 | 興和財団研究奨励賞 |
1992年4月 | 上原研究財団研究奨励賞 |
1997年12月 | 慶應義塾大学医学研究奨励事業:坂口基金症例研究賞 |
2000年11月 | The first Claes Dohiman Award, Tear Film and Ocular Surface Society |
2004年9月 | Senior Achievement Award, American Academy of Ophthalmology |