1. 神経治療学の拠点形成
かつて神経内科は「診断あれど治療なし」と揶揄されていました。しかし21世紀に入り、急速に神経内科は「治療学」へと進化しています。学内外で神経疾患を標的とした様々な治療シーズが開発されるなか、それらを遅滞なく社会実装に導き、苦しんでおられる患者さんに早くお届けするのは我々の責務と考えます。
慶應義塾大学医学部神経内科は、日本はもちろんのこと、アジア、そして世界に誇る、神経治療学の拠点(プラットフォーム)になることを目指しています。このため我々の教室には、決して諦めない臨床的情熱を持ち、強靭な科学的思考力を擁した、神経内科各領域の先導者(主任研究者:PI)が多く集まり、日夜奮闘しています。小職のミッションは、次世代PIを連綿と育成し、神経治療学の世界的拠点へと昇華させることにあります。
2. 髄鞘再生療法の開発
本学2年在学時に偶然鑑賞した映画「ロレンツォのオイル」に心を動かされ、その翌日から今に至るまで、「あの日のロレンツォ」を救うために、髄鞘再生療法の開発を一貫して目指しています。
髄鞘は中枢神経系(脳・脊髄・視神経)ではオリゴデンドロサイトが形成しますが、研究開始当初はオリゴデンドロサイトがどのように髄鞘を形成するのか未解明でありました。2003年、小職は髄鞘形成を惹起する分子機序の解明に成功し、その分子が元来免疫系で議論されていた分子(FcRγ)であることを発見しました(Nakahara et al, Dev Cell (2003))。
その後の研究で、この分子がヒト多発性硬化症などの脳にも発現していることを確認(Nakahara et al., J Neuropathol Exp Neurol (2006))し、髄鞘再生の治療標的となり得ることを示しました。現時点では、少なくとも動物レベルでは髄鞘再生を促進する抗体医薬の開発に成功しています.
髄鞘再生の実現には、再生を促進する戦略と同時に、再生を阻害する因子を除去する工夫も必要です。2009年、小職はヒト多発性硬化症において髄鞘再生不良を招く分子として、TIP30分子を同定することに成功しました(Nakahara et al, J Clin Invest (2009))。現在はTIP30分子の発現を低下させる戦略について検討を続けています。
さらに、髄鞘再生療法の社会実装に向けて、治療効果を判定するためには、患者さんの髄鞘再生が「見える」ようになる必要がありますが、既存のMRIなどでは髄鞘再生は確認できませんでした。2016年、学内共同研究により、既存のMRI機器を用いて髄鞘の「見える化」が可能になる技術開発に成功しました。この技術は「ミエリンマップ法」と呼ばれ、現在は地球の裏側(ブラジル)でもこの技術が使用されています。
加えて、髄鞘再生を促進するサプリメントについても研究を進めています。これらの技術を統合し、近い将来に髄鞘再生療法を実現するべく、日々研究を続けています。
3. 抗AQP4抗体陽性視神経脊髄炎/抗MOG抗体関連疾患の病態生理の解明
近年新たに、視神経脊髄炎関連疾患の病態生理の解明を目指す研究を立ち上げ、治療の最適化や新規治療法の開発に資することを目指しています。