1. 先天性内分泌疾患の分子遺伝学
子どもとは成長、発達する存在として定義されています。1細胞の受精卵として始まった生命が、約10か月の胎児期を経て出生し、乳児、幼児、学童と育ちゆく過程で、形態的にも機能的にも劇的な変貌を遂げます。極めて精緻な「生命のプログラム」があるからこそ、このような劇的な変貌が可能であると考えられますが、そのようなプログラムの大部分はいまだに解明されていません。小児科医が日常的に診療にあたる小児疾患の中には、「生命のプログラム」がなんらかの理由で乱された結果として生じたと考えられるものが含まれます。小児疾患を研究することは、よりよい診断法、治療法の開発に役立つのみならず、いまだ不完全にしか解明されていない「生命のプログラム」の理解を進める上で、特有な情報をもたらします。
私自身は生まれつきのホルモン分泌の異常である先天性内分泌疾患の分子メカニズムの研究を2005年以来一貫して行ってきました。先天性甲状腺機能低下症を例にとると、この疾患では甲状腺ホルモンを産生する甲状腺(成人では10-20グラム)のサイズが極端に小さかったり(甲状腺異形成)、逆に何十グラムまで腫れているにもかかわらずホルモン合成が行えない状態(甲状腺ホルモン合成障害)であったりします。同じ診断名の患者さんであっても、その病気のメカニズムが多様であることが明らかとなってきました。日本の患者さんを対象とした研究では、甲状腺ホルモン合成障害の少なくとも70%がDUOX2、TG、TPOという甲状腺ホルモンを合成する際に甲状腺細胞の中で機能する3つの分子の異常(単一遺伝子疾患)で説明されることがわかっています (Narumi S et al., J Clin Endocrinol Metab, 2011)。一方、甲状腺形成異常の場合はそのような単一遺伝子疾患が占める割合は5%以下とまれですが (Narumi S et al., J Clin Endocrinol Metab, 2009, 2010, 2011)、そのかわりに胎児甲状腺におけるWNTパスウェイ活性化と関連するDNA配列を持つと、疾患へのかかりやすさが大きく上昇することが明らかとなっています (Narumi S et al., Hum Mol Genet 2022)。
今後も全ゲノムシーケンシングや長鎖シーケンシングといった先端的なゲノム解析技術を駆使して小児疾患のメカニズムを解明し、世界の小児医療のレベルアップに貢献するとともに、科学的アプローチで「生命のプログラム」の本質に迫りたいと考えています。