精神医学の課題は、疾患の病態生理が未解明であるために、診断も治療もいまだ不十分なことです。PET、MRスペクトロスコピー、拡散テンソル画像イメージング、機能的MRI、高精度脳波計を用いて包括的に精神神経機能を可視化し、ミクロの視点から「精神疾患の病態生理解明と治療法開発」に取り組んでいます。一方で、個人と社会は、魚と海のような関係です。海が綺麗でなければ魚は元気を失います。マクロの視点からは、集団・社会で得られた知見をこころの健康の増進に活用し、精神疾患患者のみならず、健常者も対象にしたこころの健康の増進に取り組んでいます。
人間の精神現象や行動は、分子・細胞・組織・臓器・個体・集団・社会の階層で理解する必要があります。私はこうした複数の階層で研究に取り組んでいます。いくつかの例をご紹介します。
・統合失調症の個別化治療 【細胞・組織・臓器・個体】
PET研究、MRI研究、治療介入試験、メタ解析を実施し、統合失調症の治療に必要な抗精神病薬による脳内D2受容体占拠率を年齢と病期ごとに明らかにし、患者ごとに必要な用量を算出するモデルを開発しています。
・新たなうつ病治療開発【個体】
シナプス可塑性を強力に増強することにより抗うつ効果を発揮すると見込まれる麻酔薬ケタミンや精神展開剤シロシビンの臨床試験に取り組んでいます。
・脳画像研究【分子・細胞・組織・臓器・個体】
精神疾患の病態解明と治療は主に脳内モノアミンに焦点を当てていましたが、病態解明と治療法開発は停滞し、全く新しい視点からのブレイクスルーが必要です。そこで注目したのがグルタミン酸神経系です。この神経系に着目したPET、MRIを用いた脳画像研究を行っています。
・医療に対する患者の心理【個体】
精神科医療、移植医療、医療者に対する患者の心理を調査し、患者と医療従事者や家族の心理的ギャップを明らかにし、それを最小化する方策を検討しています。
・心理的レジリエンスの国際比較研究【個体・集団・社会】
日本とオーストリアにおける精神疾患患者および健常者の心理的レジリエンスを調査し、社会の構造と個人のこころの関係を精査しています。
・ビッグデータ解析【集団・社会】
医療大規模データを用いて、向精神薬の適正使用、精神疾患患者における身体疾患の治療実態、COVID-19罹患による精神科後遺症などを調査しています。