私たちの脳の神経細胞は、ごく限られた特定の部位で誕生し、その後長い距離を移動して最終配置部位へと到達します。そこでは、細胞の誕生時期や形態、線維連絡様式などの共通の特徴を持った細胞同士が集合して、複雑な回路網を形成するための構造的基盤を形作っていきます。この整然とした配置が発生過程で乱れてしまうと、構成要素としての細胞はすべて揃っていても、多細胞システムとしての脳の機能は異常になってしまい、実際に多くの精神疾患の背景に微細な脳の構築異常が存在している可能性が指摘されています。
様々な高次脳機能を担い、進化の最高傑作とも言われる大脳皮質では、興奮性神経細胞の多くは脳室面近く(脳の深部)で誕生し、脳表面の辺縁帯直下まで放射状に移動してその移動を終えます。新しく産まれた後輩の神経細胞は、先輩の神経細胞を追い越して辺縁帯直下に至る過程を繰り返すため、早生まれの神経細胞ほど最終的により深層に、遅生まれの神経細胞ほどより浅層に配置されることになります("inside-out"様式)。その結果、最終的には脳表面に平行な見事な多層構造が形成されます。
一方、大脳皮質の抑制性神経細胞の多くは、皮質(外套)内ではなく腹側の基底核原基と呼ばれる部位で誕生し、脳表面に平行に皮質に進入することが知られています。興味深いことに、これらも多くは皮質内においては誕生日に依存して"inside-out"様式で各層に配置されます。脳のネットワークが正常に機能するためには、興奮性神経細胞と抑制性神経細胞とがバランス良く配置されることが
極めて重要で、それが崩れてしまうと、例えばてんかんなどを引き起こす原因にもなります。
私たちは、大脳皮質を主な対象として、個々の細胞たちが細胞分裂によって誕生した後に目的地に向かって移動し、さらに機能的な回路網を作っていく形作りのドラマをつぶさに観察しています。そして、その背後に動いているメカニズムを分子・細胞レベルで明らかにすることを目指して研究を行っています。
具体的には、脳の細胞が最終目的地に向けて移動する過程が、周囲の構造や細胞外基質等との相互作用を通じていかなる機構で制御されているのかを、移動細胞内在的なしくみと細胞外の構造やシグナルとの連携という視点で明らかにしたいと考えています。また、移動を終えた神経細胞たちが整然と「意味のある」層構造や線維連絡を形成していく過程が、細胞外分子や他の細胞との相互作用等を通していかにして再現性良く達成されるのかを解明することを目指しています。