「自主学習」は、1989年の慶應義塾大学医学部の教育体系の全般的な見直しに伴って、学生自らが積極的かつ能動的に研究に取り組むカリキュラムとして設置されました。本邦初のこの取り組みは学生が教員と直接マンツーマンに接しながら研究を行うというユニークな取り組みであり、本医学部教育の大きな特徴となっています。

自主学習では、基礎および臨床医学の分野で多くの研究テーマが設定されており、学生自身が興味のあるテーマを選択し履修します。3学年の4ヶ月間(7,9,10月の3ヶ月に加えて夏休みの1ヶ月)、選択したテーマの研究に専念します。研究の進め方は、担当教員との話し合いで決まります。4ヶ月で大きく研究が進展することもあれば、4ヶ月を試行錯誤に費やして終わってしまうこともあります。我々教員の願いは、医学部生が研究で成功体験を積むことではありません。もちろん努力に応じた成功(この場合では思い通りのデータを得ることになりましょうか)を学生が成し遂げることは喜ばしいことですが、むしろ学生が思い通りに行かない経験をすること、準備不足が大きな失敗に直結することを経験するなどの痛い経験をすることも期待しています。担当教員と意見が合わず落ち込むこともあるでしょう。提案した実験がすでに世界の誰かが行っていて、自分の仮説が解決済みであることを知り残念な思いをすることもあるでしょう。どんな経験も、学生の成長に必要なものであると我々教員は考えています。

そもそも、生命について分かっていることなんてごく一部です。そういった謙虚な気持ちで生命に接し、あーでもない、こーでもないと思考実験を繰り返し、実際に試行錯誤する。その4ヶ月間、学生自らの知識欲に従って、やれる範囲でやれることをやってみる。そうすることで生命の偉大さ、神秘さ、複雑さに触れてもらいます。この体験こそが、医学生物学研究の本質に触れることであり、慶應義塾の理念である実学の基礎となります。この体験を担当教員一同が全力でサポートします。

2023年からは、沖縄科学技術大学院大学(OIST)や、Johns Hopkins大学などの学外施設、海外施設での自主学習も可能になりました。他施設で学生の研究をご指導下さる研究者の皆様に心より感謝します。

自主学習期間が終わった後も、研究を継続させて、成果を学会で発表する学生もいます。更に頑張って、英文論文としてまとめて受理される学生もいます。学会発表や論文作成を学生一人で達成することは不可能で、すべて指導教員との共同作業になります。これらの自主的な作業を通じて、独立した一個人としての更なる成長を望んでいます。

【学生の声:OISTでの自主学習】

数ヶ月にわたる研究期間ということで、機会があるならば医学部内ではできないことをしようと、奨学金付きの自己負担ほぼなしでOISTに二ヶ月ほど短期インターンをしました。OISTではπ共役ポリマーユニットというラボに所属し、未知なる有機化合物の合成をしました。私自身は医学から少々離れた研究室を選んだのですが、もちろん神経細胞の研究などの生物系のラボを選択することも可能です。医学とは異なる分野の考え方や手技を学び、最先端の研究と素晴らしい環境を体感することができ、非常に刺激的かつあっという間の二ヶ月間でした。

私はOISTの高橋智幸教授のCellular molecular function unitにて4ヶ月間、インターンを行いました。パッチクランプ法という電気生理学の実験手法の習得の後、目的を持った実験を行いました。指導官の堀哲也先生をはじめ、丁寧にご指導いただき、平日は研究漬けの日々を過ごすことができました。研究室外では、OISTのバレーボールクラブの練習に参加するなど、世界中からの学生、科学者と交流することができました。貴重な経験をさせていただき、奨学金を含めプログラムを提供してくださった慶應義塾とOISTに感謝申し上げます。

【学生の声:Johns Hopkins大学での自主学習】

JHUでの主体的かつ自立的な基礎研究活動の経験を経て、実験手技の習得に加え、自らの疑問解決のために自分で研究を組み立てる楽しさを感じました。医学以外の分野を含めた幅広い背景を持つ研究者とのディスカッションや会話の中で様々な意見に触れ、日々刺激を受けながら活動できました。研究活動に加え、米国の研究者や医師の働き方や医師の研究制度について肌で感じながら知ることもでき、自分の人生の中でかけがえのない経験となりました。

医学部と留学は相入れないものと諦めていた私にとってはまたとない機会でした。世界トップのJHUでサイエンスに没頭した4ヶ月間を過ごし、研究に対する考え方が成長したと感じます。数々のセミナーを聴講できた上に、最後には仕事内容を口頭発表する機会まで得られ、濃密な時間を過ごすことができました。また、アメリカのmedical schoolを目指す現地の学生とも親睦を深められ、互いに良い刺激を与えられたと思います。円安と物価高がかなり懸念されましたが、医学部からの手厚い支援のおかげで生活費の心配は一切せずに研究活動に打ち込むことができました。