受精卵は、卵子と精子が融合することにより誕生する全能性を持った細胞である。全能性とは、一つの細胞から身体を構成する全種類の細胞へと分化可能な能力と定義され、マウスのライフサイクルにおいては、受精直後の1細胞期及び2細胞期胚の割球のみがこの機能を有する。最高位の分化能を持つ全能性細胞の機構解明とその応用は、医学を始めとするあらゆる分野に革新をもたらすことが予想されるが、実験材料としての扱い難さから近年ようやく研究が進み始めたところである。そのため、全能性獲得にかかわる分子機構は未だ多くが未解明のまま残されているが、研究室の主宰者はDNA複製機構に焦点を当て、種々の成果を挙げてきた。以下に論文掲載に至った代表的な研究成果について記載する。
1) 本研究では、複製フォークの進行速度が、全能性を有する2細胞期胚で顕著に遅いことを発見した (図1)。この知見を基に、リプログラミング過程の細胞で複製フォークの進行速度を低下させたところ、体細胞核移植胚の発生、iPS細胞の樹立、ES細胞から全能性様細胞への遷移と、検討した全ての実験系で効率の改善を示した。本結果は、全能性細胞における特殊なDNA複製様式を解明したことに加え、その応用によって従来とは全く異なる視点からリプログラミング効率の改善に成功し、当該分野でブレイクスルーを生み出すに至った(Nakatani T, 2022)。