
先端医科学研究所 がん免疫研究部門
教授
2007年 | 医師免許 |
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2013年 | 博士(医学) |
2007年3月 | 東京大学医学部医学科卒業 |
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2007年-2009年 | 関東労災病院 初期臨床研修医 |
2009年-2013年 | 東京大学大学院医学系研究科 内科学専攻博士課程 |
2013年3月 | 博士(医学)取得 |
2010年-2013年 | 日本学術振興会 特別研究員 |
2013年-2014年 | 東京大学医学部附属病院 血液・腫瘍内科助教 |
2014年-2018年 | プリンセス・マーガレットがんセンター リサーチ・フェロー |
2015年-2017年 | 日本学術振興会 海外特別研究員 |
2018年-2019年 | 東京大学医学部附属病院 無菌治療部講師 |
2019年-2022年 | 愛知県がんセンター研究所腫瘍免疫応答研究分野・分野長 |
2020年-2022年 | 名古屋大学大学院医学系研究科細胞腫瘍学分野・連携教授 (兼任) |
2023年-現在 | 慶應義塾大学医学部先端医科学研究所 がん免疫研究部門・教授 |
2020年 | 日本免疫学会若手免疫学研究支援事業 |
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2019年 | 日本免疫治療学会江川賞 |
2018年 | 日本がん免疫学会若手研究奨励賞 |
2017年 | 日本癌学会奨励賞 |
2017年 | Guglietti Fellowship Award |
2017年 | Canadian Society of Immunology, CSI Award |
2016年 | American Association for Cancer Research, Scholar-in-Training Award |
2016年 | Summit for Cancer Immunotherapy 2016, Travel Award |
2013年 | American Society of Hematology Abstract Achievement Award |
2013年 | 日本血液学会奨励賞 |
1. 「キメラ抗原受容体」、特許6846352号
出願人:University Health Network (カナダ)、タカラバイオ株式会社
発明人:田中 真哉、平野 直人、籠谷 勇紀
養子免疫療法は、がん細胞で発現する抗原 (がん抗原)を特異的に認識できる抗腫瘍T細胞を体外で準備・増殖させた上で患者に輸注して、がん細胞を特異的に攻撃させる治療法である。当初、腫瘍組織内に浸潤するリンパ球 (tumor infiltrating lymphocyte: TIL)を用いたTIL療法から研究開発が進んだが、近年では遺伝子工学の発達により、末梢血由来T細胞にがん抗原に特異的なT細胞受容体 (T cell receptor: TCR)やキメラ抗原受容体 (chimeric antigen receptor: CAR)を高効率で導入することで、末梢血中のポリクローナルT細胞をそのまま抗腫瘍T細胞に改変し、治療に用いることができるようになった。特に、B細胞で発現する抗原CD19を標的としたCAR-T細胞療法がB細胞性腫瘍 (急性リンパ性白血病、悪性リンパ腫)に著効したことから急速に注目を集め、既に実臨床でも再発・難治例に対する標準治療として用いられている。
しかし他の悪性腫瘍、特に固形がんに対するCAR-T細胞療法ではいずれも満足すべき結果が得られておらず、またCD19に対するCAR-T細胞治療においても、完全寛解後の再発率が高いことがわかってきた。また有効性とは別に、治療に伴う副作用やコストも適用疾患を拡大していく上で重要な課題となる。我々はこれら諸課題を克服するべく、以下に挙げるような研究を進めている。
1. T細胞の長期生存能・エフェクター効果を高めるための改変
CAR-T細胞などの抗腫瘍T細胞の治療効果を高めるためには、T細胞の長期生存能とエフェクター機能の両面を考慮する必要がある。長期生存にはメモリーT細胞の分化、エフェクター機能にはT細胞の疲弊が重要なキーワードとなる。
従来、T細胞による免疫療法では細胞傷害活性、すなわちエフェクター機能が専ら重視されてきたが、実際には輸注されたT細胞が体内で長期間存続するか、という視点が持続的な治療効果にとってはより重要となる。メモリーT細胞の分化は通常、増殖に伴い不可逆的に進むが、特定のシグナルを修飾することで自己複製能を高め、分化を抑制することができる。一方、エフェクター機能低下に関わる興味深い概念がT細胞の疲弊 (exhaustion)である。これは持続的・慢性的に抗原刺激を受けたT細胞の増殖能やサイトカイン分泌能などが低下する現象を指し、疲弊T細胞で抑制シグナルを担う代表的な分子であるPD-1に対する阻害抗体の有効性は既に確立されている。しかし、疲弊を誘導する機構は本来何のために備わっているかという視点で考えると、持続的な抗原刺激に曝露されたT細胞が生きながらえるための仕組みという捉え方も可能である。実際、PD-1やその制御因子であるTOXを抑制することが必ずしもがんや慢性感染症における治療効果に寄与しないことが報告されている。特に、完全な疲弊に至ったT細胞は、メモリー/エフェクターT細胞とは全く異なるエピジェネティックプロファイルを獲得しており、PD-1阻害抗体では機能が回復しない。従ってT細胞の分化、疲弊形成のいずれもエピジェネティックプロファイル、これに伴う転写因子群の活性変化を基盤としたT細胞の性質変化が背景にあることが推測される。我々はT細胞の状態を個別の遺伝子レベル、シグナル伝達経路レベルで明らかにし、その知見に基づいて改変を加えることにより、持続的な治療効果を高めた抗腫瘍T細胞を開発することを目指している。近年の遺伝子工学技術の進歩により、レトロウイルスなどによる遺伝子導入に加えて、CRISPR/Cas9により目的遺伝子をノックアウトすることがヒトT細胞においても容易にできるようになった。T細胞の「質」そのものの改変は、標的抗原を問わずに応用可能なものであり、あらゆるがんに対する養子免疫療法に適用することができる。
2. 細胞療法の標準化・汎用化について
CAR-T細胞療法の治療効果は輸注されるT細胞の質に大きく依存する。例えば健常人由来のT細胞と、慢性リンパ性白血病患者由来のT細胞では、マウスに生着させた同じがん細胞株の治療に用いた場合に効果が大きく異なる (健常人由来T細胞の方が治療効果において優れている)ことが報告されている。現在の養子免疫療法では、ほとんどの場合患者自身のT細胞を治療に用いるため、全く同じ工程で製造していても治療効果にばらつきが生じる。またそれぞれの治療ごとに抗腫瘍T細胞を個別に準備する必要があるため、治療コストが大きくなる。これらの課題は「細胞」を治療薬として用いることから必然的に生じるものであり、根本的な解決には人工的な大量生産が可能な薬剤に細胞と同様の機能を持たせることが必要となる。CARと類似したコンセプトで、抗CD3抗体と抗CD19抗体を連結して内在性T細胞に抗腫瘍効果を誘導するBiTE (Bispecific T-cell Engager)という抗体医薬が実用化されているものの、CAR-T細胞と比較すると治療効果が弱いのが現状である。我々は複雑系である「T細胞」をより深く理解し、その一部の機能を再構築した汎用性のある「人工的な物質」へ転換させるための試みを進めている。
さらに、細胞療法をがん以外の疾患にも適用する試みがある。例えば自己免疫疾患は多くの場合B細胞が重要な役割を果たすことから、上記でも登場したCD19に対するCAR-T細胞は理に適った治療手段になり、例えば最近の臨床試験では難治性の全身性エリテマトーデスに対して有望な治療成績が得られている。このように、様々な局面で「生きた薬」である免疫細胞は活用される可能性を秘めていることから、我々は既存の再発・難治がんに対する治療という枠組みにとらわれずに細胞療法を活用するための研究開発を進めている。