慶應義塾大学 グローバルCOEプログラム 幹細胞医学のための教育研究拠点
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柚崎通介

柚崎通介 (ゆざきみちすけ)

柚崎通介 (ゆざきみちすけ)

慶應義塾大学大学院医学研究科 生理学 教授
Michisuke Yuzaki, MD, PhD
myuzaki@a5.keio.jp
http://web.sc.itc.keio.ac.jp/physiol/yuzaki/index.htm

GCOE研究テーマ(役割分担)と研究計画

機能的シナプス再生・維持機構の解明

中枢神経系の機能的再生のためには、目的とする神経細胞を幹細胞から分化させるのみだけではなく、既に存在している神経回路網との間に特異的なシナプスを再形成させる必要がある。しかし、成熟脳におけるシナプス形成機構については未だに不明な点が多い。本研究グループでは、我々がこれまでに明らかにしてきた強力なシナプス形成因子Cbln1およびその関連分子に焦点を当てて、次の2つの目標を達成することにより、成熟期の中枢神経系におけるシナプス形成機構を解明し、神経機能の再生戦略を進める。

  1. 病態モデルに対するCbln1 の応用
    小脳顆粒細胞あるいはプルキンエ細胞が変性脱落し、顆粒細胞―プルキンエ細胞シナプスが減少する結果として小脳失調をきたす病態モデル(weaverとlurcherマウス)に対して、幹細胞から分化させた小脳神経細胞を移植し、この際に組換えCbln1を同時に投与することによりシナプス再構成を誘導・増強させる。
  2. 正常脳におけるCbln1 発現制御機構の解明
    Cbln1遺伝子の発現制御機構を解明することにより、正常マウスにおいてシナプス再構築を制御する方法を確立する。

略歴

昭和54年

大阪教育大学附属天王寺高等学校卒業

昭和60年

自治医科大学医学部卒業

昭和60年-64年

大阪府立病院・大阪府吹田保健所勤務

平成4年

日本学術振興会・特別研究員

平成5年

自治医科大学大学院・博士課程(香川靖雄教授)修了

平成5年-7年

Human Frontier Science Program・長期海外研究員
米国ロッシュ分子生物学研究所・(John A. Connor)

平成7年-13年

米国セントジュード小児研究病院・発達神経生物学部門・助教授

平成14年-15年 

米国セントジュード小児研究病院・発達神経生物学部門・准教授

平成15年

慶應義塾大学医学部・生理学・教授

免許・学位

昭和58年

情報処理技術者資格取得

昭和60年

医師免許証下附(医籍登録番号288868号)
ECFMG (米国海外医学部卒業認定資格)取得

平成5年

医学博士取得(自治医科大学)

研究分野

困難は分割せよ

人間が人間である所以である、高次精神現象-とりわけ記憶・学習過程を理解することは、神経生物学における最大の課題の一つです。そもそも人間の脳によって、その活動の結果である精神現象が理解できるのか、という哲学的な問題はさておいて、記憶・学習の生理学的過程の理解を深めることは、若年者の教育問題や、成人後の痴呆などの病的状態を理解する上でも必須です。

このような複雑な問題に対しては、「困難を分割し」(デカルト)、より簡単な系に還元することが必要です。個体の行動レベルでの記憶学習を支えているのは、神経回路であり、神経回路は百億個におよぶ多様な神経細胞が特異的に結合することにより形成されています。そしてこのような神経細胞間の情報伝達は、主にグルタミン酸受容体により担われています。従って、グルタミン酸受容体こそが「記憶素子」であり、その機能の理解が記憶学習過程の解明の第一歩と考えられるわけです。更に何よりも重要なのは、素子レベル、神経回路レベル、個体行動レベルで得られた知見を統合していくことです。


小脳の記憶

私たちの研究室では小脳をモデルとして、主にマウスを用いて記憶・学習機構を統合的に解明することを目標にしています。小脳をモデルとする最大の利点は、その出力が直接個体の運動と直結しているために、個体レベルでの学習とそれを支える神経回路がこれまでに非常によく解明されていることです。このため、素子レベル、神経回路レベル、個体行動レベルで得られた知見を統合させるときに非常に有利です。例えば、ノックアウトマウス、トランスジェニックマウスなどの遺伝子改変動物を用いて、素子・分子レベルを変化させたときに、神経回路や個体レベルでの記憶・学習に及ぼす影響を詳細に検討できます。それに加えて、自然に発症し、小脳失調症状を呈するミュータントマウスも数多く存在し、その解析を通して、個体レベルでの異常をきたす原因となる神経回路や素子の異常を検討できます。

人間の記憶にはさまざまな種類があります。例えば、「非陳述記憶」は、ピアノが上手に弾けるようになる、車が運転できるようになる、などといった行動や技術に直結した記憶で、小脳が大きく関与しています。このような記憶・学習機構により、小脳はスムーズな手足や眼球の運動や、躯幹のバランスとりに重要な役割を担っていると考えられています。更に、運動に関係のない、認知・感覚分別などの機能にも小脳が関与していることが分かってきました。従って、小脳における記憶学習機構の解明は、遺伝性・特発性のさまざまな疾患に伴う運動性小脳機能障害(小脳失調)や、読字障害・自閉症・注意欠陥多動性障害などの非運動性小脳機能障害メカニズムの解明にもつながるものと期待されます。


短い記憶と長い記憶

神経回路レベルでの記憶学習は、神経細胞と神経細胞の連絡部分である「シナプス」の伝達効率の変化(可塑性)として表現されます。学習に伴って神経活動が亢進すると、小脳ではシナプス伝達効率が低下して長期抑圧(Long-term depression: LTD)が起き、逆に海馬では伝達効率が向上して、長期増強(Long-term potentiation: LTP)という現象が起きます。学習原理として海馬では塑像の、小脳では彫像の原理を用いているといわれる所以です。

記憶は保持時間の長さから、短期記憶と長期記憶に大きく分類されます。長期のシナプス可塑性は、新規蛋白合成やRNAを阻害すると、形成されないが、短期のシナプス可塑性は影響を受けないことが、さまざまな動物種の多くの学習課題において証明されています。小脳LTDや海馬LTPにおいても、保持時間の長さと新規遺伝子発現への依存性により、短期と長期の可塑性が存在します。

学習刺激によって発現量が変化するいくつかの早期遺伝子が、短期記憶から長期記憶の固定化に必要かつ十分な、「メモリースイッチ」として働いていることが近年明らかになってきました。。また、いったん完成した神経回路網やシナプスが、神経活動に伴って成人期以後においても形態的にダイナミックな改変を起こすことも分かってきました。長期記憶の成立機構には未だに不明な点が多いですが、このような後成的なシナプス形成・修飾過程が大きな役割を担っていることが考えられています。


現在進行中の研究課題

§LTDの分子機構
短期記憶形成の分子機構については、LTP・LTDともにかなり解明が進みました。海馬LTPの実態は、シナプス後膜への新たなAMPA型グルタミン酸受容体の選択的輸送による、という考え方が主流です。逆に、LTDでは、シナプス後膜からのAMPA受容体の選択的取り込み(エンドサイトーシス)により起こることを示す証拠が増えてきています。いずれの場合も、神経伝達を支えるAMPA受容体の数の増減により、神経細胞間の伝達効率の変化-記憶が成立すると考えられています。
AMPA受容体GluR2サブユニットのカルボキシル末端には、リン酸化状態により2種類の蛋白質(リン酸化されていない状態ではGRIP、リン酸化されるとPICK1)が結合します。いずれの蛋白質が結合するかにより、GluR2サブユニットがシナプス後膜上に安定して存在できるか、エンドサイトーシスされるかが規定されると考えられています。私たちはdelta2型グルタミン酸受容体が、成熟脳においてAMPA受容体GluR2のエンドサイトーシスを司ることを発見しました(Nature Neuroscience, 2003)。しかし、この詳しい分子機構には不明な点が多く、例えばdelta2型受容体がどのように活性化されるかについても謎であり、現在詳細に検討中です。

§後成的なシナプス形成過程
近年、発達段階においてシナプス形成に関与する分子が次々と明らかになりました。しかし、それらの遺伝子を欠損した動物においては、予想されるようなシナプス形成障害が観察されないという矛盾した結果が出ています。また、これらの分子の中で、成熟後の脳において、神経活動依存性に作用することが証明されたものは皆無です。ところが、前述のdelta2受容体は、短期シナプス可塑性LTDを制御するのみでなく、小脳において、平行線維ープルキンエ細胞シナプスの形成に重要な役割を果たすことが分かってきました。delta2受容体欠損マウスでは、平行線維ープルキンエ細胞シナプスの数が激減します。また、成熟動物においても、神経活動に応じてdelta2受容体の発現様式が変化し、引き続いて新たな平行線維ープルキンエ細胞シナプスが形成されます。一方、平行線維から分泌されるサイトカインであるシナプトトロフィン(StpnI)の欠損マウスが、delta2受容体欠損マウスと酷似した、シナプス形成障害と LTD障害をきたすことを私たちは発見しました(投稿中)。これらの、全く新しいシナプス形成分子の信号伝達機構を解明することにより、後成的なシナプス制御機構の理解を深めていきます。

§グルタミン酸受容体の構造と機能
神経伝達物質であるグルタミン酸は、シナプス前部から放出された後にシナプス後部のグルタミン酸受容体と結合します。グルタミン酸受容体は、数100マイクロ秒でチャネルを開き、細胞内にNaイオンを流入させ、数ミリ秒で脱感作・不活化されます。このチャネルの開閉(ゲート)過程は、正常の神経伝達に非常に重要であり、脱感作・不活化過程を遷延させるような薬剤は、記憶亢進作用があることが分かっています。一方、過度にこの過程が遷延すると、神経細胞が興奮しすぎて興奮性細胞死をきたします。私たちはグルタミン酸受容体の第3膜貫通部位のSYTANLAAFモチーフが、このゲート機構を制御する重要な部位であることを世界に先駆けて発見し(Nature Neuroscience, 2000)、更に検討を続けています。
前述のように、海馬LTPの実態は、シナプス後膜への新たなAMPA型グルタミン酸受容体の選択的輸送による、と考えられています。しかし、LTPは神経活動が亢進したシナプスにのみ特異的におきる現象です。即ち、主に細胞体で合成されたAMPA受容体を、特定の樹状突起の、特定のシナプスに輸送するトラフィッキング機構が存在すると考えられますが、その詳細は全く不明です。私たちは、delta2受容体をモデルとして、粗面小胞体で合成されたグルタミン酸が、どのように細胞表面に輸送されて、樹状突起の特定の場所に輸送されるのかについて検討を進めています(Eur J Neuroscience, 2000, 2002, 2003)。
また、これらのプロジェクトと並行して、新規グルタミン酸受容体関連たんぱく質の発見と解析を続けています(Science, 1996; J Neuroscience 1996, 1999, 2003)。


求む研究者の卵

まだまだ先は長いですが、私たちの研究室では、これまで述べたような視点と方法論を用いて、記憶・学習機構を統合的に解明していきます。今後はもっと個体・行動レベルでの記憶・学習機構との関連を深めるような研究を進める予定です。これからの基礎科学を担うべき意欲ある若手研究者の卵の参加を待っています。当研究室における教育方針は次の通りです。

電気と分子
神経系の重要な機能は電気現象ですので、どのような研究を将来行うにしても、電気生理学な素養は非常に大切です。私たちの研究室では電気生理学と分子生物学的素養を両方兼ね備えた人を育てます。

研究計画の立て方
独創的な研究を追い求めることはとても大事なことです。同時に、着実に結果が出るような研究計画を立案し、計画通りに進まないときに代替案を組んでいく能力も非常に重要です。このバランス感覚の訓練を行います。

発表
研究発表や討論は英語でできるように訓練します。実際に、教室内のいくつかのセミナーは英語で行います。

所属学会

日本生理学会
日本神経科学学会
Society for Neuroscience

日本語総説・著書

  1. 柚崎通介 成熟脳において機能的・形態的シナプス可塑性を制御する分子―GluRδ2とCbln1. 実験医学, in press, 2008.
  2. 柚﨑通介 シナプス形成・維持を制御する新しいサイトカイン―CblnとC1q/TNF スーパーファミリー.Brain Medical, in press, 2008.
  3. 柚﨑通介 シナプスの長期制御と受容体の局在化機構.生体の科学, 58, 98-102, 2007.
  4. 柚崎通介 神経細胞におけるグルタミン酸受容体の一生:数と位置はどのように制御されるか? 生化学, 79, 16-27, 2007.
  5. 柚崎通介 脊髄小脳変性症に関連した基礎医学上の新発見.難病と在宅ケア, 12, 13-16, 2006.
  6. 柚崎通介 プルキンエ細胞のシナプス可塑性とグルタミン酸受容体 In:脳神経科学入門講座(下)(渡辺雅彦編)pp.145-159、羊土社、東京、 2002.

受賞・特許

  1. 2005年7月 北里賞

特記事項

2008年より 日本生理学会常任監事
2006年より Cerebellum誌Editorial board
2008年より 日本神経科学学会理事

研究協力者

幸田和久(生理学)
松田信爾(生理学)
松田恵子(生理学)
掛川 渉(生理学)
飯島崇利(COE PD)
石田 綾(COE学振DC)
江見恭一(COE RA)
近藤哲朗(産業技術総合研究所)

これまでの研究成果

Cbln1による成熟小脳における強力なシナプス形成・維持作用

Cbln1はアディポネクチンなど多彩な分泌性因子が含まれるC1qファミリーに属する。我々は、Cbln1遺伝子欠損(KO)マウスでは、小脳顆粒細胞―プルキンエ細胞間のシナプス数が著明に低下し、その結果激烈な小脳失調を示すことを発見した(Nature Neurosci, '05)。驚くべきことに、成熟したCbln1 KOマウスの小脳に組換えCbln1を一回だけ投与すると、2日後にはシナプス数が正常化して小脳失調が寛解した(J Neurosci, '08)。顆粒細胞から分泌されるCbln1は、シナプス後部にあたるプルキンエ細胞に局在するδ2受容体と共役してシナプス形成と維持を制御することがわかってきた。小脳以外のさまざまな脳部位においても、類縁分子が発現していることから、これらの分子は新しい普遍的なシナプス形成シグナルを構成すると考えられる。

Fig.1 Cbln1とδ2グルタミン酸受容体(δ2受容体)
小脳顆粒細胞軸索(平行線維)から分泌されるCbln1はプルキンエ細胞樹状突起に存在するδ2グルタミン酸受容体と共役してシナプス形成を制御する。

Fig.2 成熟小脳におけるCbln1のシナプス形成作用
Cbln1遺伝子欠損マウスにおけるシナプス低形成と小脳失調症状は組換えCbln1を小脳くも膜下腔に一回投与するのみで劇的に改善する。

COE内共同研究

  • ヒトES細胞およびiPS細胞由来神経細胞の電気生理学的機能解析(慶應義塾大学生理学教室・岡野グループ)

代表論文

  1. Ito-Ishida A., Miura E., Emi K., Matsuda K, Iijima T, Kondo T, Kohda K, Watanabe M, Yuzaki M. Cbln1 regulates rapid formation and maintenance of excitatory synapses in mature cerebellar Purkinje cells in vitro and in vivo. J. Neurosci. 28:5920-30, 2008.
  2. Matsuda S, Matsuda K, Kakegawa W, Miura E, Kohda K, Watanabe M, Yuzaki M. Polarized sorting of AMPA receptors to the somatodendritic domain is regulated by adaptor protein AP-4. Neuron. 57:730-45, 2008.
  3. Kakegawa W, Miyazaki T, Emi K, Matsuda K, Kohda K, Motohashi J, Mishina, M, Kawahara S, Watanabe M, Yuzaki M. Differential regulation of synaptic plasticity and cerebellar motor learning by the c-terminal pdz-binding motif of GluRδ2. J Neurosci. 28:1460-8, 2008.
  4. Kakegawa, W., Yuzaki, M. Novel mechanism underlying AMPA receptor trafficking during cerebellar long-term potentiation. Proc Natl Acad Sci USA. 102:17846 51, 2005.
  5. Hirai, H., Pang, Z., Bao, D., Miyazaki, T., Li, L., Miura, E., Parris, J., Rong, Y., Watanabe, W., Yuzaki, M.*, Morgan, JI. Cbln1 is essential for synaptic integrity and plasticity in the cerebellum. Nature Neurosci. 8:1534-41, 2005. (*co-corresponding author)

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