発達期に完成した神経回路網が、成人期以後においても神経活動に伴って形態的に変化することが近年明らかになってきました。この過程こそが、長期に持続する記憶・学習の本体であると考えられていますが、その分子的メカニズムについては未だに 不明な点が多く残されています。
小脳はピアノを弾く、テニスをするなどといった運動や手続きに関連した記憶・学習の獲得に必須です。小脳における学習は、直接運動の変化として観察しやすいことから、記憶・学習分子機構を研究するためのモデルとして優れています。小脳には顆粒細胞という神経細胞があり、その軸索である平行線維は小脳プルキンエ細胞とシナプス結合します。このシナプスにおける可塑性(結合強度の変化)が長期間続く現象を長期抑圧(LTD)と呼び、小脳における記憶・学習の実体であると考えられています。さらにより長期の記憶・学習にはやはりシナプスの形態変化が伴うと考えられています。私たちの研究室では小脳をモデルとして、機能的なシナプス可塑性から形態的なシナプス変化を制御する分子機構を解明することを目標としています。
私たちが近年、世界に先駆けて発見したCbln1(シービーエルエヌワン)は、小脳顆粒細胞より分泌される分子です。Cbln1を欠損するマウスでは平行線維—プルキンエ細胞シナプス数が激減するとともに、LTDが欠損します。すなわち、Cbln1は機能的なシナプス可塑性と形態的なシナプス変化をともに制御するユニークな分子です。さらに、Cbln1は成熟脳に投与することにより1-2日以内にシナプス形成を誘導する力を持つ点でも特異な分子です。Cbln1や、Cbln1が属するC1qファミリーの類縁分子(Cbln1-Cbln4, C1QL1-C1QL4)は小脳以外にも、大脳皮質や海馬などのさまざまなシナプスに特徴的なパターンで発現することも分かってきました。そこで、これらの分子群の機能を明らかにし、異なったシナプスにおける動作原理を比較することにより、普遍的な新しいシナプス形成・維持原理に迫っていくことができると期待されます。また、これらの分子群の制御によってシナプス形成・維持過程を外的に修飾できることから、加齢によるシナプス減少などのヒトの病態を視野に入れた臨床応用に繋がる可能性があり、超高齢社会を迎えた現代社会の要請にも応えることができると 考えています。