私たちにとってなぜ「水」は重要なのか?
私たちは毎日のように、水分を摂ります。普通の人であれば2〜3日間、どんなに丈夫な人でも1週間水分を摂らなければ生きられないといわれるほど、水は私たちが生きるために必要不可欠です。では、なぜ水を「摂り続けなければならない」のでしょう? 水が私たちにとって当たり前のように存在するからこそ、なぜ必要不可欠なのかという理由を考える機会は、かえって少ないのかもしれません。
体内に存在する「水」のふるまいにとことん着目して、生命現象を理解するために日夜研究を重ねているのが、信濃町キャンパスにある医学部薬理学教室を率いる安井正人教授です。
「私たちが飲んだ水は、吸収されたのちに血液から細胞へと渡り、唾液や涙、汗、尿へと役割を変えて変化して、最後には体外へと出ていきます。生命現象を考える上で、水は非常に大事な役割を担っているんですよ」と安井教授は語ります。
たとえば、病気の検査を考えます。糖尿病の検査では尿を採取して「血糖値」を測りますし、がんの検査をするときは“バイオマーカー”という特定の疾患に反応する物質を血液や尿から測定します。これまでの医学では、尿や血液に溶けている特定の物質の「濃度」を見ることで、体の状態を調べてきました。しかしこの方法だと、別の病気について診る場合は別の物質の濃度を再び測らねばなりません。また、見るべき“バイオマーカー”がまだ見つかっていない疾病の場合は、検査手法が確立されるまでなんの手出しもできなくなります。
そこで登場するのが、体内に存在する「水」です。液体に溶けている物質を「溶質」、溶かしている液体を「溶媒」ということを中学校の理科で習ったのは覚えているでしょうか。そもそも体内の「水」は溶媒としていろいろな溶質を溶かしこんでいます。これまでの医学では、この「溶質」に着目して病気の診断などを行っていたわけです。しかしここ薬理学教室では、「溶媒」として体内で働く水に着目しています。
「水は物質を溶かしこむと、接している水分子との間で相互作用が起きて、水分子の状態(水素結合のパターン)が微小に変化します。この変化を詳しく見る(科学的に測定・記述する)ことができれば、体に何が起こっているのかがわかるというわけです」と安井教授は話します。
水はどんな人でも共通して持っている溶媒だからこそ、その変化からさまざまな情報を得ることができるといいます。「ウォーターミラー・アプローチ」と呼んでいるこの手法が本当に実用化されたら、医学における検査の常識が変わるはず、と安井教授は断言します。